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「ところでキョン、今度の親友旅行の件なんだが」 「なんだその新婚旅行みたいな呼び方は」 「おや? そちらがお望みかい?」 右へ左へ聞き流す。 「それよりソレ旨そうだな。一口貰うぞ」 「酷いなキョン。なら僕もそちらを一口貰おう」 佐々木のパフェを一口貰うと、お返しとばかりに俺のコーヒーゼリーが一口奪われた。 珍しく人がデザート類を頼んだのに何しやがる佐々木。 「先に食べたのはキミだろう。まあ良い。僕はキミのそういう態度には慣れているからね」 「寛大な対応に痛み入るよ親友」 「くっくっく。まあパフェの方が内容量が多いのは否定しないがね。ほら」 「おう。あんがとよ」 「ってキミ、普通こう「あーん」とかされたらもっと赤くなるとか対応があるだろう?」 「はふいが、もとい、悪いが俺はお前に性差を感じたような事はないぞ親友」 「もっとあっさりスプーンを離してくれたら説得力があったね」 「何の事やら」 「まったく」 「そういうお前こそ人のコーヒーゼリーを人のスプーンで食ってるじゃねえか」 「悪いが僕もキミに性差を感じたような事はないからね。親友」 そうかい。 「まあ視床下部が反応したことは否定しない」 ししょう……なんだ? 「その名の通り脳の構造の一部だよ。本能を司る」 ああそういえば習ったような。 「ん?」 「ん?」 「ときにキョン、僕はそろそろお茶が怖いな」 「すいませーん、紅茶とコーヒーおかわりお願いします」 あれ? 「くっくっく。悪いがこの店でおかわり自由なのはコーヒーだけなのだよ」 「水道水はタダで飲み放題じゃないのか?」 「そこは否定しない。というか何だねそのフレーズは」 「気にすんな」 秋口にでもなれば解るようになるさ。 「って人のコーヒー飲むなよ」 「キョン、声が大きいよ。そういう事は口に出すべきではない」 「……まあ確かにな」 飲み放題だからってカップ一杯で二人が飲んだら店も困るよな。 佐々木、解ってるならもっと素早く飲め。なんでそんなゆっくりじっくり口に含む。 「ん。まあこの店は僕の紹介なのだからね、長丁場を想定し、僕もコーヒーを頼むべきだった」 「お前にしちゃ珍しいな。そういう想定外とか」 「くっくっく。せっかくの親友との会合だからね。僕にだって舞い上がる時くらいはある」 「そういう台詞は男に向かって言うなよ。洒落にならん」 「ふふ、まあね。こういう事を言えるのは僕の唯一の親友くらいのものさ」 そりゃどうも。 「ふむ」 どうした? 「時にキミには他には、親友というのは……」 「恥ずかしい質問だなそりゃ。……………………他人に言うなよ?」 「善処しよう」 善処じゃ困るぞ。まあ口は堅い奴だからな。 「……言ってみりゃSOS団は全員親友だ。性別差は感じているがな」 ん。なんだガタガタと。 「気にする事は無い。この店は学生も多いからね、別に珍しい事じゃないよ」 「まあ確かにリーズナブルだしな。味も悪くねえし」 「気に入ってくれたなら幸甚だ。自分が良いと思ったものを他人にも気に入ってもらうのはとても嬉しい」 ん。どうした? 「……いや、この場合の他人というのは言葉の綾というか」 難しく考えんな、親友。 「うん。親友」 だからあんまキラキラとこっち見んな。乗り出すな。 「おや? キミは僕に性別差を感じていないのではなかったのかい親友?」 顔が近い! 「近づけているのさ」 『……うーん。でもやっぱり自己申告は親友なんですよねえ……』 『……受諾されない』 『んっふ。僕も親友ですか』 『もがもがもが!』 「キョン、どうだい喫茶店でも?」シリーズ 66-299 「ちょっとセンチメンタルな別れを演じた風で騙されるかよ」 66-259 佐々木とキョンと藤原とフロイト先生のお話 66-286「ときにキョン、僕はそろそろお茶が怖いな」 66-377 「だから人のコーヒーを飲むな佐々木」
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なんだか、あたしは不快な気分で目が覚めた。 「おはようございます、涼宮さん」 朝御飯を食べようと起きたとき、時計の針は9時近くになっていた。古泉君はあたしが起きるまで、待っていて くれてたらしい。 「おはよう、古泉君」 古泉君は、いつものさわやかな笑顔だった。 「涼宮さん、あまり気分が優れておられないようですね」 まあね。昨日の夜、変なモノを見たから。 「変なモノって・・・・・・ああ、ひょっとして彼と佐々木さんですか?」 二人の名前、特に佐々木さんの名前を聞いたとき、私はイラっときた。 SOS団員と文芸部の部員達も寝坊したらしく、食堂に入ったのはほぼ同じ時間だった。 「おはよう、ハルにゃん」 鶴屋さんは大きなあくびをしながら、挨拶してくる。その横にはみくるちゃんと国木田君が座っていた。 優希と朝倉はあたしたちの隣の席、キョンと佐々木さんは―― ”?” 二人の姿が見えないことに、あたしは気づいた。 「キョンと佐々木さんはまだ、寝てるの?」 「いいえ。お二人は皆さんがたより早く起きてこられ、食事を済まされました」 執事姿の荒川さんが答えてくれた。 「二人はどこに行ったの?」 「散歩してくると言われ、つい先頃出かけられました」 「元気だね、あのふたりは」 鶴屋さんが笑いながらそう言った。 高校に入っても、中学時代の憂鬱な生活がさほど変わるとは思わなかった。 ”この世の中に面白いことなんてあるのかしらね” あたしはすべてに退屈していた。部活も面白いものはなく、生徒の中にもあたしの興味を惹きつける ような人間はいなかった。 しかし、苛立ちの中で、あたしはアイツと――キョンと出会った。 別に目を引くような、はっきり言えば、人並みの凡人顔のキョンは、最初に会ったときキョンがいた 潰れかけた文芸部同様、あたしの興味を引くような存在じゃなかった。 しかし、キョンはあたしに、それこそ思考の大転換を促すようなきっかけをくれた。 と、同時に、あたしは直感でキョンはあたしが作るクラブに不可欠な人間になると思った。 だけど―― キョンの横に常にいる存在――佐々木さん。 キョンが最も大事にしている女性。 そして、あたしの苛立ちの元。 "だったら、お前が作ればいいんだよ。お前が面白いと思うような活動をするクラブを。人の敷いたレ―ルの上 を歩くんじゃなくて、お前自身がレ-ルを敷けばいい ” 人が作ったものに対して、不満をいうだけのコドモだったあたしは、キョンのこの一言で目が覚めた。 それはあたしにとって、衝撃的なことだった。 不満があるならば、行動すればいい。探せばいい。なければ作ればいい。 そういうことに気づかせてくれたキョンは、あたしが作ったSOS団には入ってくれなかったけど、古泉君や鶴屋 さんとも親しくなり、結果的にはSOS団との距離も近くなった。 そのことは、あたしにとって楽しいことだった。 だけど、キョンの横には常に佐々木さんがいる。 二人は、恋人の関係だとは一度も明言していないけど、どう見たって恋人同士にしか見えない。 二人の間にある強力な信頼関係。 古泉君は、そのような信頼関係を持てる間柄であるのは羨ましい限りです、とあたしに話したことがある。 あたしには、そんなに信頼できる親友を今まで持ったことがない。古泉くんが一番近いけど、キョンと佐々 木さんの二人の関係には遠く及ばない。 正直、佐々木さんが羨ましい。 二人の仲の良さを見せ付けられると、いつの頃からか、あたしは苛立ちを覚えるようになった。 手に入らなかったおもちゃを、他の子供たちが持っていると何故か落ち着かない――そんな感じ。 子供じみた感情は、あたしがまだコドモでしかないことの証なのかもしれない。 鶴屋さんと仲がいい国木田君は、「キョンは佐々木さんのおかげで成長している」と鶴屋さんに言っていた。 国木田君は、中学時代から二人のことを知っている。その国木田君が感心するほど、キョンは佐々木さんのおかげで 成長している。 あたしはキョンのおかげで少しは先に進めたけど、何となく二人に引き離されていっている感じがする。 置き去りにされたコドモ。二人に追いつけない。 だから佐々木さんに苛立つ。 キョンと佐々木さんの間にに入り込むのは不可能だと、みんなが思っている。 だけど、そんなことはない、とあたしは思っている。 あたしが作ったSOS団――今しかない高校生活を、あたしが生きる世界を面白く楽しくするためのクラブ。 その中にキョンがいること。それはあたしにとって必要不可欠の要素である――そう確信している。 その為にも――あたしは成長しなければならない。 佐々木さんを超えなければ、キョンは手に入らないのだから。 ”・・・・・・定外因子の発生――変動化界要因値上昇・・・・・・第17項―14項に伴う処置・・・・・ ・潜在記憶保有素子者の希望により――不胎介入措置――実行。 どうやら彼女が動き出したらしい。まあ、そうなるのは予想していたけど。 ”契約”時、私はある条件を課した。それは”公平に、正々堂々と”というものだ。 彼女だけではない。彼と関わり合いができるほかの彼女達――その人達も排除はしなかった。 逃げはしない。ごまかしもしない。正々堂々と戦って、彼を手に入れる。 ”私”も忙しくなるだろう。だけど、誰にも邪魔はさせない。特に涼宮さんには、だ。 つくづく面白いことになりそうだ。 朝の浜風が、磯の香りを運んでくる。 もう日差しは強くなっているけど、空気は心地よい。 キョンと私は、朝食後散歩に出かけ、少し走って海岸まで足を伸ばした。 一泊二日の短い旅行だったけど、この夏の日の、二人で見た花火の美しさは、私の記憶から消えることは ないだろう。 「今日で旅行も終わりか」 「あっという間に時間が過ぎていったね」 楽しい時は早く過ぎていく。思い出を胸に、少し名残惜しさを抱いて、私達は日常へ戻るのだ。 「キョン」 「何だ、佐々木」 「機会があったら、またどこか出かけよう」 私の言葉に、キョンは笑って頷いた。 ”今度は君と二人だけで行きたいな” 一番言いたい言葉は、心の中で、そっとつぶやいた。 「お世話になりました」 別荘のメイドさんたちに別れの挨拶をして、私達はマイクロバスに乗り込んだ。 「それでは行きましょうか」 新川さんが運転席から振り向いて、声をかけてくれた。 私はキョンと並んで座席に座った。 窓側の席から外に目をやると、美しい蒼い海と空が遠くまで広がっていた。 真夏の夢のような幻想的な風景に、私は思い出を重ねる。そして願いをかける。 私とキョンの未来が、この風景のように、どうか素晴らしいものになりますように、と。
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「ふむキミは紅茶か。では僕はコーヒーにしよう」 「で、また俺のを一口飲むつもりかお前は」 「くく、いいじゃないか」 「ところでキョン。紅茶かコーヒーかと言えばだ」 なんだその嫌そうな顔は。 「キミは紅ヒーというものを飲んだことはあるかい?」 「コーヒーじゃなくてか」 「実はね。以前橘さんと喫茶店に行った時の話なのだが」 「という事があったのだよ」 「ほう」 「ってなんで省略されてるんですか!」 「いたのか橘京子」 ウエイトレス姿とは新鮮だな。バイトか? 「うう……だから嫌だったんです。なのについ……」 「お前ってツッコミ似合いそうだもんな」 「そうですね。佐々木団じゃ常識人ポジションでしたから……って誰がツッコミですか!」 「ほれやっぱり」 ん。どうした佐々木? 「キョン。もしかしてキミの中での僕は『ボケ』なのかい?」 「俺はむしろツッコミたいがな」 「ん?」 「ん?」 「佐々木は割と浮世離れした台詞が多いからな。常識人は常識人なんだが」 「それはまた微妙な評価だね。反応に困るよ」 「いや常識人は常識人だぞ。少なくとも俺の中ではトップレベルに常識人だ」 「やはり反応に困るよ。キミの周囲は奇人変人が多いのだろう?」 「無茶苦茶失礼だぞ佐々木。否定はせんが」 「しないんですね」 いいから仕事に戻れそこのツインテール。 「あ、いいんですかそんな事言っちゃって? ポニりますよ? ポニーテールにしちゃいますよ?」 俺は一向に構わん! 「橘さん?」 おい佐々木。どうした佐々木? こっち見ろ佐々木? 「すまないねキョン。キミに笑顔以外を向けるのは僕の本意ではない」 「どんな顔をしてるんだ……」 「禁則事項だ」 ああ橘京子が生まれたての子牛のように。 「子牛か。ふむ。ところでキョン。乳牛はまず子牛を産ませないと母乳を出さない訳だが その最初の分娩後5日間以内の乳、いわゆる初乳は、乳等省令によって人への食品利用は禁止されているそうだ。 体細胞やたんぱく質が多く、食品としての規格を満たせないかららしいね」 「お前のそういうところがボケ気質なんだと思うぞ親友」 後その話はどっかの漫画で俺も読んだぞ。 「そうかい? ふふ、やはりキミとの会話は僕に新鮮な喜びを提供してくれるよ」 「そんな良い顔で言うシーンかコレ」 「ならなんでキミは僕との会話に付き合ってくれるんだい」 「お前と会話するとなんか気がほぐれるんだよ」 「そうかい」 ……だからそんな良い顔するシーンじゃないぞ、佐々木。 「ところでキョン。コーヒーと言えばミルクが付き物だね。ここで先程の乳牛の話に立ち返るのだが、僕の」 「佐々木その先を言うなら、俺は紅ヒーの話で返すぞ」 「なんだい?」 と、返した佐々木の片頬が歪む。 「曖昧にしたい、という事かな?」 「そうしてくれ」 「そうかい」 「キョン、どうだい喫茶店でも?」シリーズ 66-299 「ちょっとセンチメンタルな別れを演じた風で騙されるかよ」 66-286「ときにキョン、僕はそろそろお茶が怖いな」 66-377 「だから人のコーヒーを飲むな佐々木」 66-418 「ところでキョン。紅茶かコーヒーかと言えばだ」 66-461「解ったから舌なめずりはやめろ佐々木」
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反転世界の運命恋歌Ⅳ 八の字湖の辺(ほとり)での写真撮影の後、ハルヒは尾行していたお詫びにと今日のSOS団の活動解散を宣言した。 でも、今後の行動は各自の自由とのこと。 つまりそれは、 「本気で、古泉くんの慰労を考えたみたいね」 「僕は少々疲れましたけど」 というわけで、あたしと古泉くんはいまだ、二人で街中をぶらついていた。もちろん、手を繋いでいるわよ。だって、これは古泉くんの望みだし、別にあたしも嫌じゃないし。 「羞恥で、でしょ? あんなの開き直った者勝ち」 「それはそうですけど……やれやれ、なんとなく、彼の涼宮さんへの対応の気持ちが分かりましたよ……」 うわ失礼な。 あたし、あんなに思いつきで突発的な衝動行動する女じゃないわよ。 「いえいえ、充分、あなたも突発的に行動されます」 ぐ……切り替えしてくるか……そりゃ、さっきの辺(ほとり)の件はそうかもしんないけど…… 「ふふっ。冗談です。アレはさすがに恥ずかしいものがありましたが、嫌なことではありません。今はむしろ、嬉しい気持ちです」 茶目っ気な笑顔を見せる彼。 ふうん。さっきハルヒが言った『いつもと違う笑顔』っていう理由が分かる気がするな。 「なら、ハルヒにちゃんと現像してもらって大事に保管しててね。あたしは持って帰ることできないんだから」 「それは残念です。できればあなたにも共有してもらいたかったのですが」 「……向こうの世界を崩壊させるつもり?」 「そうでした。申し訳ございません」 あたしのジト目の視線に苦笑を浮かべる古泉くん。もちろん、彼にもあたしの言いたいことが理解できたのだろう。 当然だ。 向こうの世界には、あたしにとって現時点ではだけど、友達以上恋人未満の涼宮ハルヒコが居る。それもお互いがそのことを認識している関係で。 しかもハルヒコは世界を都合よく改変できるハタ迷惑な能力を持っているんだ。ただでさえ、あたしが別の男子と談笑している姿を見るだけで嫉妬して閉鎖空間を生み出しかねないような奴が、あたしとハルヒコじゃない男の子とのツーショット写真なんて見つけてしまったらどうなるか。 想像するだけで恐ろしいし、古泉くんだって、こっちの世界で向こうの古泉と同じ役割でいるんだから知らないわけがない。 だから持って帰ることはできないのよ。 「分かったならよろしい。でもまだ、今日はこっちに居られるんだからエスコートしてね」 「もちろんです」 最高の笑顔を浮かべつつ、あたしたちはまた歩き出す。徐々にネオンの明かりが灯り始めた町の中を。 すっかり夜が更けた午後十時半。 あたしたちは、とある人物との待ち合わせのために高級分譲マンションが立ち並んでいる一画に位置する公園の、街頭の光でスポットライトのように照らされているベンチに腰掛けていた。 というか、これで誰を待っているかなんてバレバレね。 「ふう。今日は楽しかった。ありがと、古泉くんのおかげよ」 「どういたしまして」 あたしは星空を見上げ息を吐きながら隣にいる古泉くんに声をかけると、古泉くんからの謝辞の言葉が聞こえてくる。 「あなたはどうだったの?」 「僕? もちろん、僕も楽しかったですよ」 「本当に?」 「ええ。と言うより、それはあなたが一番よくご存知かと思うのですが」 あたしは苦笑を浮かべる。そんな、あたしを一瞥してから古泉くんも天を仰ぎ、 「まさか、僕もこんなにも楽しめるとは思いませんでした。それはあなたが一緒にいたからでしょう」 …… …… …… 「涼宮さんには感謝ですね。たった一日とは言え、僕の望みを叶えてくれたのですから」 「そんなにあたしと逢いたかったの?」 「んまあ……正確には『彼が女性だったら』って意味なんですけどね……」 古泉くんが鼻頭をぽりぽり掻いている。そりゃそうか。あたしと『あたし』は同一人物だけど、あたしはちょっとフリーってわけじゃないし。 「僕も男ですから男性には友情はともかく、恋慕の情は抱きませんよ。ですが、僕も、涼宮さんたち同様、彼に惹かれていますので、もし彼が異性だったなら、と思ってしまうときはあります。友情は続いていくとしても常に一緒に居られるわけではありません。ですが異性の方でしたら将来的には死ぬまで、片時も離れず一緒に居ることができますし、そのことに対して抵抗感はないでしょう」 「それだけじゃないわよね」 「お見通しですか」 「まあね。同性と違って、異性間はどうしても気持ち的に通じない部分があるから素直にならないと関係は築けない。てことは、役割とやらがある『男』の古泉くんが素の自分を惜しげもなく出せるのは『異性』の場合の『あたし』だけってことになる」 「その通りです」 「何でそんなにかしこまってるの? 素の自分を出せばいいじゃない。少なくともこっちの『あたし』に仮面を付け続ける理由はないはずよ。たぶん『あたし』もそんなことは望んでいないはずだし」 「彼にも同じことを言われましたよ。でも習慣ってやつでしょうか。なんとなく今さら直せなくて……」 「それで、あたしには、ってことか」 「まさか、僕もここまで素直になれるとは思ってもみませんでした。残念ながら言動だけは素の自分とは言えませんでしたが、それでも僕は『僕』として、あなたに接してきた気持ちに嘘偽りはありません」 普段の古泉くんっていったいどういう人なのやら。 閑話休題。 まだ待ち合わせの時間には少しある。 二人で夜空を眺めることしばし。 「だからその……キョン子さん……」 「何?」 突然、なんとも思いつめたような声が聞こえてきて、あたしは振り返る。 そこには笑みが消えた、しかし、なんとも深刻そうに真剣な表情をした古泉くんが居て、 んで両肩を掴まれた。 あ……このシチュエーションは…… 悟った瞬間、あたしは古泉くんが次のアクションを起こす前に動いていた。 右手の人差し指と中指を合わせて立てて彼の唇にそっと当てている。 「それだけはダメ。あたしには向こうの世界にハルヒコが居る。この場に居ないからと言っても、こういうことはできないし、したくない」 あたしは自嘲と苦笑を足した、少しもの悲しげな表情で古泉くんに自制を促した。 永遠のような刹那の沈黙。 夜の少し肌寒い風が周りの茂みのコーラスを響かせる。 そう、あたしが少し大胆に行動できたのは、ここが異世界ってこともあるけどもう一つ、古泉くんを異性としてほとんど意識していなかったからだ。 「そう……ですか……」 「ごめんね」 力なく、彼はあたしの両肩から手を離した。その表情には落胆を無理やり押し込めようとしている笑顔が浮かんでいるし、伏せ目になっている。 それはそうだろう。 あたしが古泉くんに突き付けてしまったのは残酷な現実。少しだけ心が痛い。本気であたしを想っている人にだったから余計に罪悪感を感じてしまう。 「だから――」 これは罪滅ぼし。そして古泉くんに応えられるあたしの精一杯。 これくらいならハルヒコも許容してくれる……訳がないかもしれないけど絶対に許させるわ。だって、彼に引き合わせたのはハルヒコなんだから。 彼の唇が触れた人差し指と中指の面を静かな笑みの形になっているあたしの唇にゆっくりと当てる。 「――これで勘弁して?」 そんなあたしの行動を見た古泉くんの表情は一瞬、愕然としたけど、 即座に、幸福感いっぱいの満足げな笑顔に変わる。 もし、あたしの出会った順番が、ハルヒコよりも古泉くんが先だったなら、なんて考えてしまう笑顔に。 「充分です。ありがとうございました」 そう言う彼の口調は、さっきまでの根詰めたものとは違う、穏やかで柔らかい口調に戻っていた。 時は午後十一時五十分。 ハルヒコがあたしと『あたし』を入れ替えるのは今日一日、ということにしたから、あと十分で日が変わるそのときがみんなとのお別れ。 そしてここはこっちの世界の長門の部屋、高級分譲マンション708号室。 今ここに、古泉くん、長門有希、朝比奈みくるさんがいる。 どうやら長門がみんなを集めたらしい。お見送りってやつね。 んで、集まったのは十一時なんだけど、長門と朝比奈さんのお茶を頂きつつ、一息ついたところで、あたしたちはこんな会話を交わしていた。 「キョン子ちゃん、向こうに戻っても元気でね」 あたしが男だったら思わず腰が砕けてしまいそうな魅力いっぱいの笑顔を浮かべている朝比奈さん。 「あなたに謝罪しなければならないことがある。それは、この場に涼宮ハルヒを呼ぶわけにはいかなかったこと」 長門が、誰にでも分かるくらいに頭を下げて、もっとも、あたしにもハルヒがこの場に居ない理由を理解しているので苦笑を浮かべるしかできない。 ちゃんとお別れが言いたかったけど、まさか、あたしの正体を知られるわけにはいかないだろうしね。 「気にしなくていいわよ。あたしがあなたの立場ならやっぱりハルヒは呼べないから」 「心遣い感謝する」 そう。世界の法則を乱すような真似はできない。 もちろん、ハルヒが乱すような真似をするほど、この世界に失望は、もうしていないとしても今はまだ、本人の力を自覚してないわけだから無自覚に乱す可能性があることをやっちゃいけない。 たぶん、それは全人類、ううん、大宇宙に存在するすべての存在が望むはずもないことだから。 だって、誰しもが『世界』を愛している。だから今のままで世界があってほしいと願っている。『つまらない世界』と思っている人間は、それこそ『世界』から自分が消えればいい。それだけは誰しもが自分の意思でできないこともないことだから。 と言ってもあたしはする気は全然ないけど。 「さっきも言ったけど、この世界の一日、楽しかった。それは皆さんのおかげ。もし、この世界にあたしの、あえて表現するけど、知っている人がいなかったら途方にくれていたかもしれないし、絶対に楽しめなかった」 「ふふっ。そう言ってくれると嬉しいですね」 返してくれたのは朝比奈さん。 「それにしても、キョンくんが女の子になったらこうなるんだってことが分かって面白さ半分、残念さ半分ってトコかな?」 ん? どういう意味ですか? あたしのきょとんとした問いに、朝比奈さんがウインクしながら、 「だって、あなたとキョンくんは性別反転したあたしたち全員の姿を唯一知る二人なんですよ。涼宮さんが移ったわけじゃないですけど、あたしも性別反転したあたしがどんな姿しているか興味あります」 なるほど……と言っても、あたしは『あたし』を知らない。本当に全員の姿を知ることができるのは、実のところ、こっちの『あたし』だけだと思う。 なんせ、こっちの『あたし』はあたしの姿を古泉くんが写真を見せれば知ることができるもんね。でも、はたして向こうで『あたし』は被写体を残したのだろうか。 ……残してないだろうなぁ……仮に、こっちと同じことをやったとしても、いくらハルヒコが非常識だからって女の子を尾行する、なんて真似はしないだろうし、隠し撮りなんてもっての外だろう。案外、そういうところは律儀な奴だから。 「長門さんも、あたしたちをそっちの世界に連れて行くことはできませんしね」 「そう。異世界間移動はわたしの器量をはるかに越える。『世界』とは『大宇宙』全体を一つの世界と定義するため、その広さはわたしにも理解できない。そんな世界がこの空間の向こうにどれだけの数があるか予測すらできず、また、そのような状況であるからポイントを特定して移動するなどほぼ不可能。これがわたしがそちらの世界に行くことができない理由」 うわ……気が遠くなる…… 「しかも、今回の入れ替わり現象は奇跡を超越した確率と判断できる。なぜなら、連絡の取りようがない異世界間で同じことを望む同じ能力を持った者が同時期に実行するなどあり得ないから」 「さすがは涼宮さん。確率論が通用しないところがこんな奇跡以上を生み出すとは」 まったくね。しかも、あたしと『あたし』は確実に元の世界に戻れるって保証があるんだから、ホント、文字通り『神の領域』としか言いようがないわ。 「あっそうだ。ちょっと気になっていたんだけど、あたしとハルヒが同じ班だった午前中って、長門と朝比奈さんって古泉くんとどんな話してたの?」 「う゛……今、それを持ち出しますか……?」 「そうは言っても、昼間の古泉くんのセリフ、随分、思わせぶりだったし。元の世界に帰っちゃったら確認できないんだからモヤモヤ感が残るのもなんだかなぁ、って感じだし」 あっけらかんと問うあたしに、古泉くんは少しバツの悪そうな表情を浮かべ、長門は物凄い無表情だけど、その隣で朝比奈さんが苦笑とも小悪魔っぽいとも取れる笑顔を見せている。 「古泉くん、教えてあげてはどうですか?」 「あ、朝比奈さん!?」 「キョン子ちゃんの言う通りよ。もう二度と会えないかもしれないんだから、ここは包み隠さず話すべきではないでしょうか」 「……何か面白がっていません?」 「そうは言っても、あたしと長門さんはもう知っていることですし、この場で知らないのはキョン子ちゃんだけなんだからいいんじゃない? 別に向こうの世界でキョン子ちゃんがペラペラ喋ったところで、あなたには何の影響も及ぼさないのですから」 「それは……そうですが……」 まだ古泉くんは躊躇っているようだ。んー正直、そんな大袈裟なものじゃないと思っていたんだけど違うのかな? 「えっと、あたしは単に古泉くんがあたしと組になったときにどうすればいいかを朝比奈さんに相談したとか、長門に言って午後のクジの情報操作を依頼したくらいだと思ってたんだけど?」 というわけで本音をぶつけて見る。 「うぐ……」 「半分正解ですね」 「半分?」 「そう。古泉一樹はあなたが予想したことだけでなく、我々にあなたに対する想いを熱弁していた」 「長門さん、いきなり割ってきますか!?」 ね、熱弁……? 「ええ。午前中、あなたは涼宮さんに、こっちの『あなた』との話を聞かされたと思いますけど」 「あ、朝比奈さん! あの話はご勘弁を……!」 「いいじゃない。そんな大袈裟なものじゃないって。んまあ、古泉くんにとっては大事かもしれませんが」 「解ってるじゃないですか!?」 「だから面白いんです」 「うわ。なんか、今、一瞬、朝比奈さんの顔が、どことなく若葉色でウェーブのかかったロングヘアのスレンダーで見た目淑女の海産物宇宙人の顔と被って見えました」 誰それ? あたしは遭ったことないかも? 「どうしよかな? このシリーズ、あたしのセリフってここに来て初めてなわけですし、出番のことを考えるとたくさんセリフがほしいなぁ、みたいな」 「勘弁してください! お願いします!」 うを!? あの古泉くんが朝比奈さんにすがっている。恐るべし朝比奈さん。 「そうですか? では武士の情けですね。古泉くんの熱弁の内容は禁則事項にしておきましょう」 なんとなく、なんとなくだけど朝比奈さんと長門がとっても喜んで見える。理由は解る気がする。 たぶん、今の古泉くんは普段とは全然違う表情を見せているんだろうな。 そんな様子にあたしも思わず笑みがこぼれてしまう。 本来、敵対勢力で均衡状態でしかない宇宙人、未来人、超能力者が普通の高校生になって談笑しているんだから。 こういう景色がいつまでも続けばいいな、とか考える。こっちの世界だけじゃなくてあたしが本来いる世界でも。 「って、あら?」 それに気づいたのはあたしと朝比奈さん。 向こうからはどう見えるのかは知らないけど、今のあたしの網膜には、なぜか部屋の輪郭が大きくなって、その輪郭から暗闇が溢れ始めてきた。 そっか。お別れか。 あたしは、どこか諦観の面持ちで現実を受けて入れている。寂しい気持ちがないわけでもないけど悲しみは感じない。 たぶん、理由は、この世界はあたしが住む世界じゃないから。 「転送開始」 長門の短い言葉すらも遠くに聞こえる。 なら、あたしが最後に言葉をかけなきゃいけないのはこの人だ。 「古泉くん」 「はい」 「今日は本当にありがとう。もう逢えないかもしれないけど、あなたとあたしは現実に出会っていたから」 「もちろんです。あなたのことは決して忘れません。なぜなら、あなたは、ある意味、僕の『初恋の人』だから」 真顔の笑顔で切り出されて。 は、初恋!? 「ふふっ。最後に僕の面目躍如と言ったところでしょうか。あなたのその表情が見られて良かったです。ずっと、やられっ放しでしたからね」 「この……!」 「キョン子ちゃん、古泉くんがあたしたちに熱弁をふるったのはそういうことだったんですよ。お別れのタイミングでようやく言えた古泉くんの気持ち、察してあげて」 「そう。古泉一樹が感情を露にしたのはあなたに対してだけ。希少価値」 朝比奈さんと長門が、どっちかと言うとあたしに対してフォローを入れてくれる。 それが、あたしの頭を冷静にして、 「分かったわ。あたしも古泉くんのことは忘れない。最後の最後まで仮面を外すのを躊躇ったヘタレのことは」 「キョ、キョン子さん!?」 「冗談よ。あたしも『初恋の人』って言われて嬉しかった。でも『初恋』って報われないことが多いってことを知っているんでしょ?」 「ええ。ですから僕はあなたのことを思い出として――」 あ、時間がない。 「じゃあね」 柔和な笑みを浮かべていた古泉くんが何を言おうとしたかは分からなかったけど。 あたしは切り取られた部屋の風景が遠く小さくなるその直前、まだ古泉くん、朝比奈さん、長門の表情が確認できる内に、満面の笑顔を浮かべてお別れの挨拶を口にした。 元の世界に戻ってきた翌々、月曜日の放課後。 昨日・日曜日にハルヒコから朝一番、それも七時に電話があって、普段のあたしのままでやり取りしたら、妙にあいつは陽気に声を弾ませていた。 もっとも、呼び出されることはなく、一日をのんびり過ごせたのは良かったのかもしれない。それだけ、月曜日ってのは、休み明けってのは普段以上にエネルギーを使うから。 さて、月曜日に戻って、いつも通り、あたしは正式名称・文芸部室のSOS団たまり場へと勝手に足が進む。 今日は掃除当番だったから、あたしが一番最後だろう。 ドアを開けると、すでに四人は先に来ていた。 授業中は後ろに居たからハルヒコの顔は確認できていたけど、こうやって四人が揃っていると、やっぱり土曜日の四人とは違うことを痛感し、また、この四人の顔の方があたしにとっては落ち着きをもたらせてくれることを今さらながら実感する。 んで、よく見れば、ハルヒコは毛糸の帽子、朝比奈先輩は毛糸の手袋、長門は毛糸のマフラーをそれぞれ身に付けていて、妙に温かい笑顔を浮かべている。 「よぉ、遅かったな」 「まあな」 笑顔のハルヒコに、あたしも笑顔を返す。三人が身に付けているものは間違いなく古泉が渡したものだ。家庭科で採点されて戻ってきたものなのは間違いない。だって、あたしも鞄に忍ばせているから。 てことで、今度はあたしが、この三人に渡す番。 あたしは、ハルヒコにマフラー、朝比奈先輩に帽子、長門には手袋を渡した。 「へぇ。案外、お前器用なんだな。上手くできてるじゃねえか」 「まったくです。古泉さんからのも嬉しかったけど、キョン子ちゃんのはもっと嬉しいですね」 「朝比奈みつるの言葉に僕も同意する」 出来栄えは古泉の方がいいはずなんだが、どういうわけか古泉のものより評価が高い。もちろん、嬉しいことだけど釈然としないのは何故だろう? 「朝比奈先輩、あたしには古泉の方が上手くできていると思うんですけど?」 というわけで問いかけてみる。 「うん。確かにこう言っちゃなんだけど古泉さんのほうが巧いとは思います。ただ――」 「古泉一姫の、我々に渡した編み物には心が足りない。貴女はこの編み物への、我々三人対する思い入れは同等だったはず。その差が朝比奈みつるがより満足感を得た理由。僕や涼宮ハルヒコが讃えた理由」 まったく意味が分からない。 「古泉を見てみろ」 ハルヒコが、どこかにやりとした笑みで促してくる。つられて、あたしが視線を古泉へと向けて見れば、 「……なるほどな」 「だろ? お前には感謝してるぜ。一昨日、本当にお前によく似た従兄弟を紹介してくれたんだからな」 ハルヒコの言葉を背中に受けつつ、あたしは古泉の向かい、いつもの指定席にと腰を下ろして、 「あいつの分か?」 「はい」 古泉が、今まで見たことないような乙女の、しかし、とんでもなく素直で可愛らしい笑顔を向けてくる。 ちょっと意地悪かもしれないけど、 「次、いつ逢えるか分からないのに?」 「ええ」 言って、再び彼女は作業に戻る。 「ですから、いつ会えてもいいように今から準備しているんです」 「やれやれ。あいつも果報者だね。なるほど、そのおかげで、あたしの方が賞賛されたってわけか」 どこか苦笑を浮かべて肩をすくめるあたし。 その眼前、古泉の手元には―― 編みかけの、山吹色をベースにした、ワンポイントに左胸に当たるところを水色でKと刺繍されているセーターが徐々に形を成していた。 反転世界の運命恋歌(完) キョン編
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反転世界の運命恋歌Ⅲ で、ようやく俺と古泉一姫のデートの話になる訳だが、まあ別段、大したことはやっていない。 おっと、ここで言う『大したことはやっていない』と言う意味は、男女が遊びに行く昼間の健全なデートとしては当たり前で当たり障りのないことしかやっていないという意味だ。 だからと言って楽しくなかったかと言えば、むろん、そんな訳がなくて思いっきり楽しんでいた。 スタートは小物雑貨屋のウィンドウショッピングから始まって、彼女が「ふわぁ」という風船が膨らんで来たような笑顔は可愛かったし、「どれもいいですね」と同意を求められた時は、それとなく相槌をうってやった。 それから少し喉が渇いたんで二人で喫茶店入って、さすがにここでは、情けない話ではあるが奢ってもらった。なんせ財布を持たずにこっちの世界に飛ばされたわけだから一文なしだったしな。 つか、彼女の出した千円札を見て、仮に俺が財布を持ってきていたとしても硬貨以外は使えないことを思いっきり悟れたわけだからどうにもならん。 誰だよ。野口英子に与謝野秋朗、福沢輸香理て。 その後は電車で一時間ほどの小さな湖に来た。二つの湖を八の字に周回する散策にはもってこいのピクニックコースだ。 去年の文化祭の後、ハルヒが映画撮影の慰労として俺たちを案内してくれた場所で、俺もここは結構気に入っている。景色もいいし空気もうまいしな。団体だろうとカップルだろうと家族連れだろうとどんな組み合わせでものんびり過ごすには適しているぜ。 んで、ここではボートも借りれるんだ。 前の時は、行方知れずになった男の子を探すのに夢中になってしまっていたが、後々、ここで誰かのんびり遊覧するのはどうだろうか、なんて考えたものだから今回、実行させてもらったってわけさ。 何? こういう場所ってあったかだと? そうだな。原作の方にはなかったかもしれないが、コミックには出てきたんだぜ。 って、俺は誰に何を言っているんだ? 「素敵な場所ですね」 「だろ?」 もちろん俺がオールを漕いでいる。古泉一姫は上品に座りながら湖面をなでる優しい風に自身の頭髪を委ねていた。 「向こうの世界にもここはあるんですか?」 「そういうこった。じゃないと来れるわけないしな。それにここならのんびりと時間をつぶせるし、何より、一度、誰かと二人だけでここに来れたらな、と思っててね」 「くす。その相手に私が選ばれたなんて本当に光栄です」 「そうかい」 俺も彼女も屈託のない微笑みを浮かべている。 男女が二人ボートでのんびりしている。こういうシチュエーションも夢見ていたさ。もっとも、向こうの世界でこれはおそらくなかなか実現できないだろうが。 理由か? 考えるまでもない。長門や朝比奈さんを誘えば、後からハルヒにどんな罰ゲームを喰らわされるか分かったもんじゃないし、かと言って、将来、万が一にも普通の女の子とやらになった後ならともかく、今のハルヒは絶対にこういう誘いに乗らないだろう。 んで、むろん向こうの世界の古泉じゃ論外だ。 しかし、まさかこういう形で夢を叶えられるとはね。ひょっとしてここは両涼宮様に感謝すべきなのかもな。 「私も同じです」 って、うぉ!? ひょっとして君はテレパシーでも持っているのかい? 「いえ、そのような力はございません。ただ単に貴方は声に出していましたから」 そうか。まあ心で独り言を呟いていてもいつの間にか、声になってしまっていることが多々あるからな。俺は。 「彼女も同じようなものです」 「こっちの俺もかよ……ったく、どこまで似てるんだか……」 「そうですね。ですが、そんな彼女ですから私も彼女に魅かれる一人なのかもしれません。ましてや貴方は彼女。同じ気持ちを貴方に抱くのは当然と言えば当然でしょうか」 「向こうの世界の君もそう言ってたぜ。もっとも、そいつは男だから気持ち悪いだけだったがな。しかし、君にそう言ってもらえるのは素直に嬉しいもんだ」 「まあ酷い、でもありがとう」 どういう意味だよ。 「酷いは向こうの私に対して、ありがとう、は今の私の気持ち」 「そっか。同一人物だもんな」 ボートはゆらゆらとのんびり水面を滑っていく。 閑話休題。 もっとも、この沈黙は気まずいからじゃない。二人とも風景の静けさに浸っていたからだ。 さて、もちろん、この楽しい一時には当然、時間制限があり、しかし俺たちは集合時間より三十分ほど早く、駅前に着いていた。 まあ、あまり広くない湖だからな。三十分もあれば十分回れる。往復二時間はどうしても見なきゃいかんから、今回の集合時間が六時であったとは言え、それでも滞在できるのは一時間ほどだ。 「まだ、皆さん戻ってきてませんね」 「だな。つーことはまだ、その辺りをうろついているのかね」 きょろきょろ周りを見渡す彼女に、これまた首を左右に振りながら周りを見渡す俺は相槌をうつ。 「と言っても、もう出かけるにはちと中途半端な時間だよな」 「ですよね」 これが俺たちの見解だ。さてどうしよう。 「とと」「あ」 二人して今更ながら思い出したようにそれに気がついた。つか、それに気付かないくらい当り前にでもなっていたのか? そう言えばボート以外はずっと手を繋いでいたな。 ……てことは電車の中でもか? ううむ……全然気にしてなかったが周りの視線はどうだったんだろう……なんだか考えるだけで頭部の血液の温度がどんどん上昇していくぞ。 「あ、あの……」 「な、何だ?」 い、いかん! これは突然の展開ではあるのだが非常に気まずい! 声も勝手に上ずりやがる! つか、今更ながら俺たち二人に集まる視線がなんとも生暖かいぜ! 「手……」 「あ、ああ、そうだなっ! うん! 君も俺も相当汗でべとべとになってるし、もう離した方がいいよな!」 俺としては最高の提案をしたつもりだった。顔には思いっきり乾いた笑いが浮かんでいただろうが。 ついでに言えば、おそらく彼女もそれに同意してくれるものばかりだと思っていた。 しかしだな。 「いえ……その……できればこのままで……」 と言われてしまえば、俺も虚を突かれるってもんだ。 って、今何て? 「もし、よろしければ……涼宮さんたちが戻ってくるまでこのままで……」 ――!! 「だって……貴方は今日が終われば向こうの世界に戻ってしまいます……だから一分でも一秒でも私は貴方のぬくもりを感じていたい……」 「古泉……」 どこか今にも泣き出しそうな嗚咽の漏れるような声。 「分かっています……貴方には向こうの世界に涼宮さんがいます……ですからこれ以上は求めません……だからせめて……」 その肩も震えている。 そっか……そうだよな……古泉一姫はこっちの世界の俺に魅かれているって言ってたよな。でも彼女にだって同性愛趣味はないんだろうぜ。なら、せっかく叶った希望だ。しかもそれはもうすぐ終わってしまうことでもあるんだ。だったら彼女の願いは聞いてやるべきだし、聞いてやらなきゃならんことだ。女の子のささやかな願いさえ聞いてやれない野郎は今すぐ、男だけでなく人間も辞めるべきと思えるぜ。 「分かったよ。涼宮ハルヒコたちが戻ってくるまでこうしていような」 「え……!」 古泉一姫が驚いた表情を見せるが、それは一瞬。 「ありがとうございます」 そう呟いた頬がほんのり上気した彼女の表情は幸せいっぱいの笑みが浮かんでいた。 それからしばらくして、と言うか、とても同一人物とは思えないくらい、思いっきり時間にルーズで涼宮ハルヒコたちは集合時間から一時間ほど遅れて、駅前に戻ってきたんだ。 いつもこうなのか? 「まさか、だろ。時間厳守が団の方針だ。今回は特別だったってことだ」 涼宮ハルヒコが、まったく悪びれもせずに自信満々の笑顔で、両手を腰に当てて、胸を張ってまで言ってくれる。 「せっかく、キョン子によく似たお前が居るんだ。なら団長として、副団長への贈り物だってことさ」 「昨日、そういう話になりましたからね」 「古泉一姫も満足している」 「な、長門さん……!」 長門の淡々としたもの言いに、再び古泉一姫の顔が紅に染まる。 なんとも微笑ましいんだよな。 「で、どうだった?」 「いや、俺ごときで彼女が満足できるならそれに越したことはないんだが……」 「おいおい、せっかく二人きりになったのに手繋いだくらいで終わったわけじゃねえんだろうな?」 「な、何言ってやがる! 言っておくが、俺は彼女と初めて会ったんだぜ! 手を繋ぐだけでも緊張ものなのにそれ以上なんてあるわけねえだろ!」 「とと、それもそうか」 言って、涼宮ハルヒコは爆笑し、朝比奈みつるさんも吹いている。長門の表情はまったく変わらんかったがな。ついでに古泉一姫も笑っていた。 だったら俺も笑うしかないわな。 んでその帰り道だ。 古泉一姫を自宅に送った後、俺と長門と朝比奈さんと涼宮ハルヒコは男四人で夜道を歩いていた。 んで、しばらくしてから涼宮ハルヒコは俺の肩に手を回し、なんだか悪だくみっぽい笑顔で聞いてきたのだが。 「本当に何もなかったのか?」 「……無かったって言ってんだろ……だいたい、そんなに知りたいくらい興味があるなら付いてくればいいじゃねえか」 憮然と反論してやると、 「見損なうなよ。俺だって男なんだぜ。女の子の方が繊細で傷つきやすいんだ。だったら尾行なんてえげつない真似なんざできるわけないだろ。いくら大事な団員でもな」 何でもないように、当然と言った表情で、しかし何かを悟っているような落ち着き払った笑顔で涼宮ハルヒコが応えてくれた。 「しかしまあ、さっきの古泉の顔見りゃ相当嬉しかったことだけは確かだ。本当に感謝するぜキョン」 「ハルヒコ……」 このとき、俺はどういう表情をしていただろう。自分でも、そしてハルヒコたちも気づかなかっただろうが、俺は自然とあいつを下の名前で呼んでいた。 もしかしたら、こいつならいい友達になれるかもな。 本気でそう思ったいた自分が居た気がした。 気が付けば、見慣れた自室の天井が見えた。 今回は別に髪を掻き毟ったり、のたうち回ったりはしなかったぞ。 なぜなら、あの出来事が夢でないことを俺は分かっているからだ。 なんたって、確かめたからな。携帯で今日の日付を。 もちろん、そこには俺の記憶と一日違う日が刻まれていた訳だ。とすれば、昨日の出来事は現実にあったことだ。 念のため、長門にも電話した。 かなり、朝早かった感は否めなかったが、それでもあいつはいつも通り、淡々と教えてくれた。 『昨日のことは夢ではない。あなたは並行世界に移動し、そこで一日を過ごした。ちなみにわたしには向こうの世界であなたがどう過ごしていたのかは知る術もないし知る由もない』 そうか。 『そして、こちらの世界にもあなたの異世界同位体が来ていた。これが昨日のことが夢ではない理由』 で、そいつは? 『無事、帰還したと推測できる。なぜならあなたが無事に戻ってきているから』 「なあ、ひょっとして向こうの世界の俺を昨日の市内パトロールに巻き込んだのか?」 俺がこう聞くと、どういう訳か長門が沈黙した。 しかし、なんと言うか、この沈黙が、受話器の向こうであるにも関わらず、俺には長門が、まるこれから発するジョークに対して、微笑みを堪えているんじゃないかと感じられたんだ。 『それは、禁則事項』 予想通りの答えを長門は言ってくれた。 ところで何で禁則にする必要があるのだろう? これじゃ、俺にも「向こうの世界の俺が一緒に行動していた」という風にしか聞こえないのだが。 週が明けた月曜日。 掃除当番を終え、俺が部室に着くとドアの向こうからでも分かる。なんだか少し騒がしかった。 しかしまあ一応ノックはして入ろう。 「あ、キョン? 入っていいわよ!」 中からハルヒの妙に楽しげな声が聞こえてきた。 ちなみにこの部室のドアをノックする人間は、よっぽどのことがない限り、団長を除くSOS団員だけであると断言できるぜ。待てよ? ひょっとして長門も怪しいか? それはさておき、ノックをしかねないイレギュラー因子を無理矢理にでも挙げるなら、性懲りもなく対戦を挑んでくるお隣さんか、古泉が口添えした時の生徒会長くらいなもんだろう。 んで、ハルヒが俺を名指ししたってことは俺以外全員揃っているってことだな。 と言う訳でドアを開けて入ると、ハルヒがいきなり俺に詰め寄って、 「ほら見てキョン! 古泉くんもスミに置けないわよ!」 いきなり俺に一枚の写真を突き付けてきた。 「涼宮さん、勘弁してくださいよ」 「だーめ! 副団長たるもの、こういうものを団に秘密にしてはダメなのよ! こういうことはちゃんとみんなと共有にしないとね! それがたとえ、ヒラで雑用のキョンであっても!」 珍しく古泉が苦笑を浮かべて、ハルヒが本当に嬉しそうな笑顔を古泉に送る。 へぇ、でも珍しいな。俺にも共有しろってかい? 普段なら俺なんぞどちらかと言えばハバにするくせに、って、そうか。それはハルヒに対しての時か。 などと軽く考えて、ハルヒの突き出したままにしている写真を受け取る。 それを見て、 「あんたが気を利かせてあたしの言うとおり、まあパラレルワールドじゃないけど、あんたに良く似た従姉妹の子を代役に立てるなんてやるじゃない! これなら土曜日の不思議発見パトロール欠席は不問にしてあげるわ!」 「従姉妹……って、ああそうか。うん。そうだな」 俺の表情にもやや苦笑が浮かぶ。 ふと周りを見回すと、ハルヒの後ろに陣取る長門はいつも通り、窓際でハードカバーを眺めていて、朝比奈さんもなんだか上機嫌にお茶の用意をされています。 で、古泉はと言うと、鼻頭をポリポリ掻いていた。 もっともその表情は珍しく、いつもの似非じゃない、やや苦笑っぽいが本音の笑顔が浮かんでいた。 そしてこの部室の雰囲気が何とも言えず和んでいて温かく感じたんだ。なるほど、ハルヒが言った『共有』と言うのこういうことか。 つまりは、団員の幸福は団の幸福。 それをみんなで共有しようって意味だ。ましてや俺は土曜日を『休んだ』ことになっているんだからな。それでハルヒが本当に珍しく俺に気を使ったんだ。 「参りましたよ。まさか僕の後をみんなで付けてきているなんて思ってもみませんでした。それでその写真を撮られてしまったんです。彼女には悪いことしましたかね?」 「その割にはお前もまんざらじゃない顔してるじゃねえか。というか、これ、あいつがこの写真を撮るのOKしたんだろ? 撮られたって何だよ。どう見たって隠し取りに見えんぜ」 「分かりますか?」 「当たり前だ。思いっきりカメラ目線じゃねえか。大方、ハルヒが記念に一枚とか言ったんだろ」 「ご推察の通りです」 「あ~あ、キョンにも見せたかったわ。あの日の古泉くんはいつもと全然違う古泉くんだったのよ。何て言うか、すっごく自然で自分を偽っていないって感じだった。でも、あれが本当の古泉くんなのかもね。ああいう風にしていれば女の子も寄ってくると思えるくらいだったわ!」 ハルヒの笑顔がいつもの悪だくみを思いついたときとは違うが、それでも300W増しになっている。 こいつにとっては団員の幸せは自分の幸せとでも思っているのだろう。 もっとも俺も朝比奈さんも長門もおそらくは同じ気持ちさ。 何? どんな写真だったか、だと? それはだな。 あの湖をバックに、おそらくは俺の妹が高校生になればこういう風になるんじゃないか、って感じのポニーテールが結構似合っている、カーディガンを羽織った北高制服姿の、とびっきりの笑顔の女の子が古泉の左腕に自分の右腕をからめて左手でピースサインをしている写真だったんだ。 んで、古泉の体の向きが少し右を向いているってことは写真を撮る直前に逃げ出そうとしたところを彼女に捕まったって感じだな。 ったく、古泉よ。素のお前は結構照れ屋さんなのかい? なんたって、この写真のお前は恥ずかしがりながら、しかし、今まで俺が見たこともない本物の嬉しそうな笑顔なんだぜ。 反転世界の運命恋歌(完) キョン子編
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「それじゃ、くじを引いてもらうわ」 爪楊枝に色をつけただけの、涼宮自作のくじを引く。最初は俺、次は佐々木、そして鶴屋さんに朝比奈さん、 最後に古泉が引く。 「あたりは誰?」 色付きが当たりだと涼宮は言った。爪楊枝を見てみると、当たりは・・・・・・ 「キョンとあたしね!」 涼宮は何故か嬉しそうに言った。 SOS団の超監督・涼宮ハルヒが撮影している映画の撮影は佳境を迎えていた。 体育祭が終わって、最初の日曜日、俺は佐々木に付き添って、涼宮たちの撮影を見学に来ていた。 涼宮の撮影は、見ていてかなり無茶苦茶なもののように思えるが、多分古泉が何とかするのだろう。 涼宮の要求に、佐々木はうまく答えている。何をやらせても佐々木はそつなくこなす。 「OK,これで佐々木さんの場面は終了よ。ご苦労さま、佐々木さん」 「どういたしまして。なかなか面白い体験だったわ。出来上がりが楽しみね」 「この私が撮ったんだから、面白いものになっているわよ」 その根拠無き自信はどっから来ているんだ? 撮影終了後、俺達は最近古泉が見つけたという喫茶店に入った。 「コ-ヒ-だけでなく、ここは紅茶やフードメニュ―も美味しいですよ」 古泉の言葉に嘘はなく、確かに満足いく味だった。コ-ヒ-の香りも味わいも良く、ランチメニュ-も美味しくて 量も多い。古泉はなかなかの食通のようである。 食後のデザ-トを味わっていると、涼宮が今から不思議探索に行こう、と言い出した。 「けっこう早く撮影が終わったから、時間もあることだし、探索をするわよ!キョンに佐々木さんも付きあいなさいよ」 まあ、俺は時間はあるが、佐々木、お前は大丈夫か? 「僕は構わないよ。今日は撮影以外は予定はなかったしね」 ふむ、佐々木がいいと言うのなら、俺も付きあうとするか。 そう言って、俺らはくじを引くことになった。 それで冒頭の結果になったわけだが、俺と涼宮以外はまとめて行動するらしい。 この人数なら、3対3で二組を作るのが妥当だと思ったんだが、涼宮の考えはよくわからん。 「それじゃ一時間後に、ここの近くの公園に集合ね」 涼宮はSOS団の団員達と佐々木にそう告げると、俺の腕を掴んで引っ張る。 「さっさといくわよ!」 せっかちな奴だな、コイツは。 「キョン、じゃあ一時間後に」 ああ。まあ、そんなに簡単に不思議なものが見つかるとも思えんがな。 俺はため息をついて、涼宮に引っ張られながら、その場を去った。 体育祭のあと、街は急速に秋色の色彩をまとうようになっていた。 俺は佐々木と出かけた時に購入した、新品の秋物を着ていた。今日は佐々木もあの時に購入した洋服を着ている。 今、俺の横を歩いているのは佐々木でなく、くじ引きでペアを組むことになった涼宮だ。 何が嬉しいのかしらんが、今日の涼宮はかなり機嫌が良さそうだ。そして、かなり早いペースで先に進んでいる。 おい、涼宮。もう少しゆっくり進んだらどうだ。だいたい、お前はどこに行こうとしているんだ。 「さっきから言っているじゃないの、不思議がありそうなところだって」 何か夏休みの合同旅行のときも同じことを言っていたような気がするが。 川沿いの並木道の街路樹達も、少し秋模様を纏い始めていて、公園の植物たちにもその気配が感じられる。 ”小さい秋、見つけた” 幼い頃効いた歌の意味が、今わかるような気がした。 「キョン、あんたも急ぎなさいよ。時間は一時間しかないのよ。団長が集合時間に遅刻したら、団員たちに合わせる 顔がなくなるわ」 俺は公園のベンチに腰掛けた。 「ちょっと、キョン。何座ってんのよ!」 いいからお前も座れよ。急ぐ必要はないと思うんだが。 何事かブツブツ言いながらも、涼宮は俺の隣に腰掛けた。 「この公園に何か不思議なものがあるの?」 大ありだ。公園だけじゃない。今、俺たちが歩いてきた街中にたくさんあった。 「どこにそんなものがあったのよ」 俺達の前に、秋風に吹かれた木の葉が一枚落ちてきた。 季節の移り変わり。限りなく続き、繰り返されながらも同じものではない過ぎ行く時の流れ。自然が見せる魔法の技。 「・・・・・・あんた、結構気障なことを言うのね。それ、文芸部の感性なわけ?」 文芸部というより、佐々木の影響かもな。あいつの言語感性は鋭いものがある。いろんなことを知っているし、表 現力も豊かだからな。 俺は立ち上がり、自動販売機の前に行き、ジュ-スを二本買い、一本を涼宮に渡した。 「あんたと佐々木さんて、付き合い長いわけ?」 お前と古泉ぐらいの長さかな。そんなに長くはないのかもしれんが、今じゃ一番一緒に行動しているのは佐々木だし、 そう考えると、これも不思議なことかもしれないな。 「ふーん。で、あんたにとって、佐々木さんは結局どんな存在なわけ?」 涼宮の問に、俺は少し考え込む。 あいつは俺のことを親友と言ってくれる。そう呼ばれるのは、誇らしいことだし、とても嬉しい。 だが、俺自身はどう思っているのか。 ”親友” そんな言葉だけじゃたりないほど、最近は佐々木の存在は俺の心の中で大きくなっている。 夏休みの旅行の花火の日の夜。 佐々木に向かって言いそびれた言葉がある。 ”どこにも行くなよ” 佐々木が俺の前から消えてしまいそうな、不安な気持ちに襲われることがある。 あいつの側にいることがふさわしい人間になると願いを書いた、七夕の日。 佐々木の存在は俺にとって・・・・・・ 「うまくは言葉にできないが、俺にとって大切なもの、大事にしたいと思う存在。そんな感じかな」 「さて、我々はどこに行きましょうか」 キョンが涼宮さんに引っ張られて店を出て行ったあと、取り残された私たちは、とりあえず何をするか 相談することにした。 「時間は一時間もあるんだしね。ハルにゃんみたいに不思議探しに行ってもいいけど、まあ、ここでゆ っくり話すのも悪くはないかもよ」 「鶴屋さん、前から思っていたんですけど、涼宮さんの”不思議探し”って一体何なのですか?」 私の疑問に、鶴屋さんは豪快に笑いながらこう言った。 「さあね。ハルにゃんの頭の中は、私にもわからないっさ。だけども、一つ言えるのは、ハルにゃんの 心を揺さぶるもの、それじゃないかね」 そして、こう続けた。 「今のハルにゃんの心を揺さぶるものは、キョン君だと思うんだよ、私は」 「キョン?なぜ、涼宮さんがキョンを気にかけるのですか?」 自分の口調が、いささか強く感じられたのは気のせいじゃない。鶴屋さんの言葉に、少し過剰反応した ようだ。 「涼宮さんに”きっかけ”を与えたからですよ」 古泉くんが私の疑問に答える。 「SOS団の設立にしても、きっかけは彼の言葉です。中学時代からの涼宮さんを知る僕としては、明らかに 彼女は内面的に成長していると感じます。中学校の時の彼女は、どちらかといえば孤立しがちな、他人との 接触を忌避しているようなところがありましたからね。自分でクラブを作り、部員を集めるなんて、あの時の ままだったら、絶対にやりませんね。ただ、僕が転校してきたとき、真っ先に声をかけてくれたのは涼宮さん ですが」 他人との接触が煩わしい、特に男の子に感じることがあった。 私が男性と話すときに使う『僕』の名称と言葉。それは端的に言えば、私の心の盾。 キョンは私が使う言葉についても、何も言わなかった。彼と話すうちに、私は心の盾を下ろしていた(た だし、口調はなかなか元に戻らず、かえって意識してしまうので、キョンと話すときは”僕”のままだけど) 「ハルにゃんがキョン君を気にかけているのは確かだね。未だにSOS団にキョン君をスカウトしたいみたいだし」 「涼宮さんが特定の男性を気にかけるのは、僕にはとても不思議なことに思えますね」 「おんや、どうしてそう思うんだい、古泉君?」 「涼宮さんが昔言っていたんですよ。『恋愛は精神病』だって。異性に執着するのは病気と同じ、とか言ってましたから」 どこかで聞いた、というより昔キョンに私が言っていたままの言葉をきいて、私はおもわず、咳き込みそうになる。 「佐々っち。佐々っちにとって、キョン君はどんな存在なんだい?」 (何か某おもちゃ会社の商品のように呼ばれたけど)鶴屋さんは私に問いかける。 思わず、引き込まれそうな笑顔で、でも目の奥には真剣な光がある。決して茶化したような感じではない。 ならば、私も真面目に答えよう。ごまかす必要もない。 涼宮さんさんの気持ちの一端を知った今なら、なおさらだ。 「親友、て昔は思っていました。でも今はその言葉だけじゃ足りません。キョンは・・・・・・」 一息ついて言葉を続ける。 「私にとって、なくてはならない存在。そばにいて欲しい、そばにいたい。そう思える人です」
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店を出てからも、俺と佐々木は無言だった。ただ、お互いの手はしっかりと握りしめていた。 どういう風に歩いたのかは、覚えていなかったが、気がつくと、俺達は北高の校門の前にいた。 周囲は既に夜の闇に包まれ、街灯がぼんやりとあたりを照らしていた。 春の入学式の日、俺は少し憂鬱な気分でいた。そして、佐々木のことを思い出していたのだ。 別々の道を歩むんだな、と考え、校舎の門をくぐったとき、俺は佐々木に再開した。 そこから俺と佐々木の北高での物語は始まったのだ。 文芸部、SOS団、七夕、夏休みの旅行、体育祭、学園祭、そしてクリスマスのあの日。 雪が舞う白銀の世界で、俺達は想いを伝え合い、キスをした。 物語はまだまだ続くと、そう思っていた。 「キョン・・・・・・」 佐々木の眼から、涙が溢れていた。 「佐々木・・・・・・」 佐々木が俺の胸に飛び込み、号泣した。 俺はしっかりと佐々木を抱きしめてやることしか出来なかった。 涙は流せるだけ流したほうがいいと、昔誰からか教わった気がする。 キョンの胸で、私は泣けるだけ泣いた。彼の逞しさと温かさを感じながら。 彼は私をしっかり抱きしめてくれた。いつまでもそうしていたかった。キョンを間近に感じていたかった。 「キョン」 佐々木が顔を上げて、俺の名を呼ぶ。 「キョン。二年間、僕は君の傍を離れる。けれど、二年経ったら日本に戻ってくる。二年の間に、色んな事 があるかもしれない。お互いに変化があるかもしれない。でも、もし、二年後もお互いの気持ちが今のままで いられたなら、3月の卒業式の日に、ここで待ち合わせをしよう。そして、もう一度、気持ちを伝え合おう。君 が僕を、僕が君を想う心を、伝え合おう」 俺と佐々木の未来への約束。 俺は無言で、それでも強く頷いた。 お互いを強く抱きしめた。そして、キスをした。 二年後の俺達への約束の印。 俺たちの物語は、これで終わりじゃない。新しい物語がここから始まるのだ。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------- 佐々木が去るまでの二ヶ月の時間、俺達はどんな小さなイベントでも心から楽しむことにした。 バレンタイン・デーはSOS団と合同で、チョコレ-ト作りに挑戦したのはいいが、誰かさんが大失敗をやらかし、結局 、俺と古泉と国木田でチョコを作り直す羽目になり、何も知らない中河は朝倉から手作りをもらったと、感激していた。 まあ。真実は時には知らない方がいいこともある。 ひな祭りは鶴屋さん家で梅桃鑑賞を兼ねて、例のごとくどんちゃん騒ぎだった。 涼宮と鶴屋さんのアルコ-ル持ち込みは俺と古泉によって何とか不正だがな。 一緒に勉強して、一緒に遊び、一緒に出かける。 何気ない時間が、どれだけ大切なものだったか、俺達はあらためて知ることになった。 そうして時間は過ぎていき、佐々木が日本を経つまで、あと一週間という日になった。 「そろそろ行くか」 俺と佐々木は立ち上がり、玄関へ向かう。 ドアを開け、外に出ると、佐々木が振り向いて俺の家を見上げる。 「しばらく君の家とお別れだね」 佐々木が外国に行くと聞いて、妹は泣いていた。佐々木はお姉さんみたいなものであり、佐々木も妹を可愛 がってくれたからだ。母親も残念がった。 ”時々は帰ってくるよ、それに二年経てば、日本に戻ってくるから” それは妹に向けられた言葉でもあり、俺に向けられた言葉でもあった。 寒い日もあるが、3月になり、暖かい日が続くようになった。 鶴屋さんの家で観た梅は綺麗だったが、もう少しすれば桜も花開くだろう。ただ、その時は佐々木は日本に はいないが。 「桜の美しさが見れないのは残念だけどね。満開の桜、そしてそれが散る様は、本当に綺麗だから」 季節とともに変化していく風景。それは俺たちの成長する時間の中に組み込まれ、思い出を飾るモノになっ ていくのだ。 そして、今日は同窓会。 中学三年の時の俺達のクラスメ-トと国木田のクラスメ-トが集まり旧交を温め合うことになっている。 と、同時に、佐々木の送別会も兼ねることになってしまった。 佐々木が外国へ行く話は、中河や国木田、それに北高に来ている他の旧クラスメ-トによって、あっと言う 間に広まってしまった。 須藤と岡本からもすぐに俺に連絡があった。 「「絶対佐々木さんを連れてきてね(連れてこいよ)!!」」 言われなくてもそのつもりだった。この時期に同窓会を企画してくれた二人に感謝したい気持ちでいっぱい だった。 佐々木が着ている、春らしい、桜色と若草色、それと淡いブル-を基調とした組み合わせの洋服は、この前佐 々木と出かけたときに、俺と佐々木で選んだ、季節を感じさせるファッションだ。今日の暖かい陽気にはピッタ リの選択と言える。そして、俺も佐々木が選んでくれた春物を着てきた。 会場は元クラスメ-トの親戚が経営するというイタリアンレストランで、今日は特別に貸切にしてもらっていた 。ちょっと高級そうだが、気軽に利用できると評判の店なので、俺たちもそれに合わせたカジュアルな服装にして みたのだ。 「おう、待っていたぞ、キョン、そして佐々木」 今日の同窓会の企画者兼幹事の須藤が両手を広げて俺たちを迎える。イタリア人か、お前は。 「よく来てくれた二人とも。今日の主役はお前たちだからな」 一年前にそれぞれの道を歩みだした元のクラスメ-トと同級生達。北高に来たものも多いが、今日が久しぶりの 再会だというのも多い。 この一年で、皆それぞれに成長している。特に女子達は変化が著しい。女性の方が早熟で成長が早いんだよ、と 昔佐々木が言っていたことがあるが、それは正しいのかもしれない。 その中でも、佐々木は特に綺麗に、「女」としての美しさが増している様に思う。 「佐々木さん、久しぶり。すごく綺麗になったね」 下のクラスメ-トの女子から、何度もそう言われた。 中学時代、自分の「女らしさ」を私は忌避していた。「女」であることを煩わしいとまでは言わないが、何と なくその手の話題を避けていたのだ。 キョンに出会い、キョンと一緒の時間を過ごし、キョンを好きになって、私は「女」であることを嬉しいと思っ た。 「キョン君のおかげかな、やっぱり。国木田くんに聞いたけど、いつも二人で仲良くしてるそうじゃない」 「その服もキョン君が選んでくれたの?」 やれやれ。飛んだ尋問会になってしまった。 「でも、佐々木さん。これからどうするの?」 ふと気づくと、周囲の女子が興味深かそうに私を見ていた。 そうだ。もうすぐ私は日本を経ち、キョンと離れ離れになる。時々は日本に戻ってくるけれど、この土地 には戻ってこない。今まで住んでいた家は、私の新しい父になる人(言い忘れていたが、新しい父の名字も 佐々木という。私の母とは入籍だけして、二年後に披露宴をすることになっている。私はだから名前が変わる ことはなかった。そのことは私を少し安堵させた。キョンに呼ばれるのは慣れた『佐々木』の名前がよかった からだ)の部下が借りることが決まった。 「それは――」 どう答えていいか、少し戸惑う。 「二年間離れるだけだ。また佐々木は戻ってくるよ。それまで俺が待っている。約束したからな」 キョンがそう言って、私の横に並ぶ。 冬のあの日に交わした、二年後の僕たちに向けた、約束のキス。 そうだった。私はさっき、キョンの家でキョンと妹ちゃんに言ったじゃないか。二年経ったら戻ってくるよ、て。 「戻ってくる。キョンのところへ。皆のいるところへ」 キョンと二人で頷いた時、皆の間から、拍手が湧き上がっていた。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 『ジャカルタ行きガルダー航空、725便。15時発登場手続きの方、36番ゲ-トにお集まりください』 いよいよ、佐々木が日本を経つ日が来た。 国際空港のロビ-に、文芸部、SOS団、クラスメ-トに同級生が見送りに来てくれた。 「皆ありがとう、見送りに来てくれて」 佐々木と俺はみんなに頭を下げた。 「佐々木さんはともかく、何でアンタまで頭下げているのよ?」 涼宮よ、皆が佐々木のために来てくれたんだから、俺も下げるのは当然だろう。 「キョンは私の大事な人だから。だから、私のためにお礼を言ってくれたの」 「ふう~ん。まあ、佐々木さんがいない間は、我がSOS団がキョンと文芸部の面倒は見といてあげるからね」 何故か勝ち誇ったように涼宮がそう言った。できれば、ごめん被りたい。古泉みたいにこき使われそうな気がする からな。 涼宮の言葉に佐々木も苦笑する。 「まあ、でもキョンとの連絡は『連ver4』で取れるしね。長門さんと朝倉さんのご両親に感謝しなきゃね」 長門たちの両親の会社『統合C-NET』が新たに開発した無料通信アプリ「連ver4」は、動画も高速で送れる最新型で、 これで佐々木と連絡を取り合うことにした。 側に佐々木がいない寂しさは、どうしても拭えないが、離れていても、声や映像で(料金を気にせず)お互いを確認 出来る。いい時代になったものだ。 「それじゃ、そろそろ行くよ。皆元気で。今度会えるのは夏休みぐらいかな」 その時は家に泊まりに来いよ。二週間ぐらい泊めてやるからな。 「君の部屋にとめてくれるの?」 おいおい、佐々木、みんなの前でその手の冗談はきついぞ! 涼宮が不機嫌印のペリカン口で、何故か、朝比奈さんがオロオロしており、鶴屋さんと国木田は笑っていて、古泉はいつもの さわやかスマイルが、少し引きつっていた。長門は顔を赤らめ、朝倉は中河とあさっての方向をみていた。 「それじゃ、キョン、元気で。向こうについたなら連絡するよ」 フォローをせず、佐々木は皆に手を振り、登場手続き口へ向かう。俺を見る皆の目つきがいつもと少し違うような・・・・・・ 「そうだ、大事な忘れ物をしていた」 佐々木が引き返して来て、俺に顔を近づける。 佐々木の柔らかい唇が重ねられた。 「!!」 その後、何も言わず、ただ、俺が大好きな輝く笑顔を浮かべて、佐々木は俺達のもとから去った。 「な、な、な、」 涼宮が驚きのあまり、声が出ないようだ。 さっさとこの場を離れたほうが良さそうだ。 俺は早足で歩き出していた。 佐々木。二年後の約束の日、必ず北高の校門で会おう。 飛行機が離陸していく空を見上げながら、俺はそう呟いていた。
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佐々木のアルバムの一つに『キョンとのmemory☆VOL16裸体編』というものがあってだな… 橘が佐々木さんを懐柔するために 組織の力を使って盗撮したキョンの あれやあれやらの写真ですね 「佐々木さん、協力してくれるならこのような物を差し上げますが」 「……ごくり」 橘「今ならなんと!鎖骨編!胸板編!腹筋編!水着編!」 佐々木「おぉ!」 橘「秘蔵の寝顔編までついてきますよ!」 佐々木「おぉぉぉぉ!」 橘「欲しいですか?」 佐々木「………」ノシ 九曜「―――」ノシ 藤原「…ふん」ノシ 喜緑「それでは私も…」ノシ 長門「…抜け駆けはダメ」ノシ 朝倉「刺す練習にするわ☆」ノシ
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大晦日の夕方5時。玄関前にて。 「少し早くないかな?」 「そうでもないさ。今から行かないと行列に並ぶハメになるからな。それに今回はコイツがついてくるし」 俺の後ろには、妹の姿があった。 「いつも連れて行け、てうるさいからな。今日は連れて行ってやるさ」 既に今年も残すところ、あと一日。一年を締めくくる大晦日の夕方に俺と佐々木は、年越し蕎麦を食べに行 くことにした。最近評判の「多丸蕎麦」という、兄弟で営業している蕎麦屋の記事を佐々木が見つけ出して、 ここに行ってみようと言いだしたのだ。 ただ、昔、俺は大晦日に蕎麦屋に家族と行き、えらく待たされた経験があるので、それを踏まえて早めに行 くことにしたのだ。 俺は白いマフラーを首に巻き、佐々木は白いポンチョに帽子――すなわち、二人ともお互いにクリスマスに もらったプレゼントを着てきたわけである。 別に申し合わせた訳ではなく、単なる偶然だが、俺達はお互いが大切な存在であることを、あの日認識し合い、 今までの関係より、少し前へと進んだ。とは言っても、まだ佐々木を「恋人」だと公言するのは照れが残っている。 じゃあ、どういうふうに紹介するかと問われたら、「俺にとって、一番大事な存在」と答えようと考えているが。 妹を真ん中に、俺と佐々木と三人で手をつないで歩いているのだが、こうやっているとまるで俺達三人が家族の 様に思えてくる。 こんな暖かい時間が続いて欲しい、と俺はそう思った。 俺の読み通り、蕎麦屋はまだ開店したばかりのようで、客はそんなに多くなかった。 店員は俺たちを置くの座敷席に案内してくれた。 「いい感じだね」 趣のある座敷席に座り、お品書きを開く。 「佐々木、なにを食べたい?」 「そうだね。外は冷えるから、ここは鴨南蛮蕎麦を行こうかな。キョンは何にする?」 「俺は衣笠蕎麦にしようかな。ついでにササミの信州揚げとやらも頼んでみるか」 「妹ちゃんはなんにする?」 「あたしは天ぷら蕎麦!」 そうやって賑やかにやっていると、店員が他のお客を座敷席に案内しながら、注文を取りに来た。 「あれ。」 「おや、こんなところで」 店員が連れてきた客は、古泉と橘だった。 「奇遇ですね。あなたがたも年越しの良き風習を味わいに?」 その通りだ。お前たちもか。 「ええ。とりあえず、正月には実家に顔を出すことにしましたので、その前に京子と二人で蕎麦を、と思いまして」 「まあ、顔を出すだけなんですけどね。一樹さん、本当は今年も帰らないつもりだったんですよ。私が説得したから 何とか承知してくれたんですけど」 おせち料理とか食べないのかよ。 「こちらの家に京子と作った分がありますから。よかったら、食べに来ませんか。夕方には戻ってきますので」 そんなやりとりを興味深そうに見守っていた妹が古泉たちに話しかける。 「お兄さんとお姉さんて、結婚しているの?」 「いいえ。まだ結婚はしていませんよ」 「そうなの?じゃあ、同棲しているの?」 ・・・・・・妹よ、どこでそんな言葉を覚えてきた? 「今は学校が休みだから、一樹さんのおうちに泊まっていますけどね」 「へえ、お姉ちゃんたち、すごいんだ!」 何がすごいのかさっぱりわからん。 「ねえねえ、キョン君も佐々木お姉ちゃんと一緒に住めばいいんだよ。そしたら、いつでも三人で遊びに行けるよ」 「それは魅力的な提案だね。どうだい、キョン?君の家にしばらく下宿しても構わないかい?」 ・・・・・・おい、佐々木。妹に悪乗りするなよ。だいたい、俺の家に部屋の余裕はないぞ。 「ならば、僕の家にするかい?うちなら部屋は空いているよ」 そう言いながら、佐々木は楽しそうに笑っていた。 各自頼んだ蕎麦が来て、そのあと、直ぐに古泉達の蕎麦も来て、それをすすりながら、色々な事を話した。 「来年はどんな年になるんでしょうかね」 さあてな。ただ、良い年であることを願うよ。俺にとってもお前にとってもな。 ほぼ同時に蕎麦を食べ終えると、俺達はサッと店を出ることにした。次の客を待たせない様にしないとな。 「成程、”粋”というわけですか」 すでに店の前には人が並んでいた。 「それじゃ、良いお年を」 古泉達と別れて、俺達は一旦俺の家に戻ることにしていたが、その前に妹がケーキを食べたいとか言い出し たので、洋菓子店による事にした。 大晦日で通常より早く閉まるのだが、ぎりぎり間に合った。 「何にしようか?」 「あたし、イチゴのショートがいい!」 んじゃ、俺はエクレア五種セットだな。佐々木はなにがいい? 「そうだね。チョコレートムース・ミルフィーユ重ねにしよう」 思い思いのケーキを買い、俺達は家への道を急いだ。 家に戻った後、三人で近くの温泉センターに行き、今年最後の垢落としをやった。佐々木と一緒にお風呂に入れて 妹は喜んでいた。 風呂から帰ってきて、俺達三人は俺の部屋に集まった。 俺の自室に小さな炬燵とテレビとストーブが置いてあるが、その炬燵の上に蜜柑とケーキ、飲料水が並べ れれた。 「大晦日は紅白だよね!」 妹の一言で、俺と佐々木は紅白歌合戦につきあわされることになった。 「ところで、キョン。古泉君と橘さんだが……彼らは幼馴染で相当親しい関係だと思っていたんだが、どうやら 僕の予想していたよりもまだ親しい関係のようだね」 そうか、佐々木は知らなかったな。橘は親同士が決めた古泉の婚約者だ。古泉はそのことが原因で家を出てこちら に転功してきたらしい。橘は16歳になったので古泉を追い掛けて来たというわけだ。 「なるほど。法的には女性は結婚出来る年齢になったというわけだ。しかし、たしか古泉君は……」 涼宮のことだろう。確かにあいつは涼宮も好きなんだが、橘の事も大事に思ってはいる。迷いがあるのは事実さ。 だけど、いずれ自分で決断するとは言っていたからな。 「どちらも魅力的な女性だからね。古泉君も迷うだろうね」 色々なことを話しているうちに、時間は過ぎ、気がつくと時計の針は10時半を過ぎていた。 「もうそろそろ休んだほうがいいね」 妹は半分眠りかけていて、佐々木にそう言われ、お休みと言って、自分の部屋に戻った。 チャンネルを切り替えたが、あまり面白い番組もなく、俺は電源を切った。だいたいくだらない番組を見るくらい なら、佐々木と話していた方が、よほど面白いし為になる。それは俺達が中学生の時から変わらない事実だ。 それから色々話しているうちに時計の針は11時45分を指していた。 ぼちぼち出掛けるとするか。 俺達は神社に初もうでに行く事にしていたのだ。 「風邪引かない様にしないとね」 俺と佐々木はばっちり防寒対策をして、家を出た。 除夜の鐘が聞こえるなか、俺達は神社へ向かった。 この町一番の神社で、土地の守り神でもある廣神大社は、すでに初詣に来た参拝者で夜中にもかかわらず賑わっていた。 参道の横に並ぶお店や屋台からは威勢のいい掛け声が聞こえ、人々が新年を迎えた喜びを胸に抱き、神様に挨拶に来て いた。 人並みにはぐれない様に、俺達は手をつなぎ、鳥居をくぐり、本殿へ向かう。 佐々木と並んで賽銭を投げ、鈴を鳴らし、柏手を打つ。 何を祈ったかは二人だけの秘密だ。 「おい、キョン、キョンじゃないか!」 参拝を済ませた後、参道を歩いている途中、俺のあだ名を呼ぶ声に俺達は足をとめた。 「やっぱりそうだ。それと佐々木さんも」 俺達を呼び止めたのは、俺たちと同じように二人連れだった。 「須藤、それに岡本」 中学時代のクラスメートで、岡本は新体操をやっていて、その流れで女子高に行き、須藤は北高とは別の学校に行った。 「久しぶりだな、キョン。卒業以来か」 だな。同じ市内に住んでいる割には会わないものだな。 「確かにな。まあ、学校が違うとなかなか会う機会がないからな。北高には大分同級生が通っているとは聞いていたんだが、 そいつらともあっていないし」 「私も女子高だから、同じ中学出身者は少ないのよね」 なるほど、しかし、その二人が何故一緒にいるんだ? 「ァ、その……まあ、なんだ、実はだな……」 「あたし達、今つき合っているの」 口ごもった須藤に変わり、岡本があっけらかんとそう言った。 岡本は美人と評判で、同級生の人気も高かった。須藤の奴も、岡本にあこがれていたらしい。 結局、須藤は思いを伝えることが出来ず、卒業したわけだが、夏休み頃に偶然再会し、交流が復活し、秋頃からつきあう様に なったそうだ。良かったじゃないか、須藤。 「ああ。まさか想いが通じるとは思ってはいなかったが、玉砕覚悟だったんだ。でも良かったよ、告白して。仮に振られたと しても、何もしないよりは後悔する事もない、と考えていたからな。結果も良かったし」 中河が似たようなことを言っていたな。あいつも朝倉と仲良くやっているし。 「それにしても、キョン君と佐々木さん、やっぱり一緒にいたのね。まあ、中学時代から公認みたいなものだったから」 岡本の言葉に、少し照れくさい気分になる。 「ああ、そうだ。キョン。実は3月ぐらいに同窓会をやろうかと考えているんだ。俺達と隣のクラスの合同でな」 それはおもしろいかもしれないな。 「そういえば、さっき国木田君の姿をみかけたわ。すごい美人と一緒だったけど。二人で仲良さそうに話していたけど」 たぶん鶴屋さんだな。今回は朝比奈さんが付いていないようだな。国木田め、新年早々やるな。 「キョン、まだ本決まりじゃないんだが、一応頭に入れておいてもらえないか。正式に後で連絡はするが」 わかった。俺も皆と会えるのは楽しみだ。 「それじゃ、佐々木さん、キョン君、元気でね。また、ね」 岡本と須藤は手を振って、去って行った。 「須藤も幸せそうだったね」 そうだな。好きな人に自分の思いが通じたんだからな。 「それは僕にも言えることなんだよ、キョン。君に想いが届いたことは、すごく幸福に感じるよ」 参道を、しっかり手を繋ぎながら俺達は歩く。お互いの温もりを感じながら、気持ちを繋ぎながら。 今年一年も、佐々木と共に歩めるようにと祈りながら。 だが、俺達の日常の終わりは、俺達の知らないうちに近づいていたのだ。 この時の俺達は、そんなことを全く考えていなかった。
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「で、キョン。どう責任をとってくれるのかな?」 俺のベッドの上。かけ布団だけ羽織り、裸の背中を向け合い、まだ荒い吐息を誤魔化すように佐々木は言った。言われてしまった。 なんてこった、まさに台詞通りの場面じゃねえか。 『寄りかかるな佐々木』 『くく、手を貸してやろうというんじゃないか親友』 今年は「永遠の八月」を回避すべく、宿題を片付けようと「面倒見のいい」「勉強の出来る」佐々木に声をかけた。 そこまでは問題なかった。あの春以来のぎくしゃくした関係は俺としても気になるところだったしな。 俺はこれでも交遊録、特に「親友」等と呼び合う奴は気にかける人間のつもりだ。 しかしだ。 あの春の事件で改めて「俺はお前を性差なんかで見ない」と強調したのを気に入ったのか まあなんというかだな、夏の薄着のまま、以前以上に、やたらと「近い」態度で寄ってきた佐々木に…………今度は限界を越えてしまった。 中学時代よりも肉体的に成長し、中学時代よりも近くなった関係に、中学時代より露骨になった俺の欲望に そうだ、佐々木が悪いんじゃない。俺を信じてくれたからこそあんな態度だっただろうに。 俺は、俺は…………。 「だんまりかい? まあいいさ」 脱力の余り何一つまとわぬままの俺の背中に、背中を寄せてくる。 「キミが無責任でない事はよく知っている。それに僕が高値こそ付けてないとはいえ貧してはいない事はキミも」 「佐々木」 言葉を遮り俺はベッドを降りる。視線だけこちらに向けて硬直する佐々木に向かい 「すまん」 俺は自室の床に深々と土下座した。 全く無意味な行為でも、致さずにはおれなかった。 緊張で粘つく舌をなんとか動かし、それでも謝罪を続けた。お前を傷つけたのは俺の意思だ。だから俺を罰して欲しい、と。 俺は俺を信じてくれた親友にとんでもない事をしでかしてしまったのだから。 「ところでキョン、興味深いとは思わないかい?」 ゼリーのような沈黙を破り、場違いな返事が返ってくる。 俺が返事を返せないでいるのも気にせず、佐々木はいつもの調子で滔々と語り続けた。 「僕らは親友だ。僕がキミをそう思っているというだけでなく、先日からはキミも僕をそう任じてくれるようになった」 土下座したままの俺には顔は見えない。 「そう、僕らは親友だ」 「けれど、やはりキミはオスという本能から逃れられなかった」 ああやはりダメだ。佐々木は俺に逃げ出したくなるような言葉を投げかけ 「……僕がメスの本能から逃れられなかったようにね」 一拍の間を置いて爆弾を落とした。 「キョン、気に病む事はないよ。キミは健康なオスなのだ。そこに健康なメスが密室で寄り添ったのだから」 「それは聞けんぞ佐々木、俺達は」 「黙りたまえ」 黙るかバカと言おうとした俺に、佐々木は無言でシーツを指差す。 シーツの朱色の染みの前に俺は沈黙するしかなかった。 全裸で。 「くっくっ、そんなに僕がメスの部分を見せたのがショックだったかい? まったく相変わらずだなキミは。 そう、キミは誰かが変化しようとするのを嫌うね。好ましいところでもあるが」 言って掛け布団を羽織ったままぽんぽんとベッドの上を叩き、促す。 躊躇する俺に目線で命令する。来たまえ、と。 「例えば春先、僕が僕であろうとするのを肯定したように。或いは、長門さんが長門さんであるのを否定した時のように。 そしてあの中学三年の雨の日、僕がただの「女の子」に過ぎない事を晒してしまった時のように」 掛け布団一枚の格好のまま、くつくつと喉奥を鳴らして笑っている。 「あの雨の日以来、関係の進展を止めてしまった時のようにだ」 ぺたり、と背中に背中を預けてくる。 「キミは変わったようで変わってないね。 あの雨の日以来キミは「やれやれ」が口癖になり、やや思考が停滞気味になった。 しかし再会したキミは「やれやれ」等と思考を停滞はしなくなった。だから一見変わってしまったように見えるがそうでもない。 例えば、僕が「告白された」などと言った際、今度こそキミは「やれやれ」等と思考を止めず、言葉を捜してくれたね? けれどそれは、キミが僕に変わって欲しくなかったからなんじゃないのかい? まあ僕が更なる追い打ちをかけたからうやむやになってしまったが」 ペラペラとよく回る舌だな、とは思ったが口には出さない。 『キョン、キョン、ああ!!』 先刻の上ずった佐々木の声とは、まるで別人で………身体の一部に血液が集中するのを感じる。 「ぐ。そんな事は無い。俺は変わったぞ」 俺はあの雨の日、難儀に際し「やれやれ」と思考停止することを覚えた。 しかし、やがてSOS団が一致団結するにつれ、「やれやれ」と思考停止する事を止めた。 今の俺には他人行儀に途方に暮れている暇など無いのだと、一朝ことあれば動き回らなきゃダメなのだと学んだからだ。 でなきゃ、トラブルは手に負えない事態にまで発展してしまう。 俺は変わった。変わったはずだ。 「そうかな? あの雨の日とは状況が違うよ?」 しかし佐々木は容赦なく俺に言葉を投げつけてくる。 「あの雨の日、僕は自分が女である事を強調した。 けど僕は「そう見られたい自分とそう見られない自分」を、キミはキミで「僕を女と再認識すること」を「やれやれ」と避けてしまった。 そう、そうやって思考停止をしなければ良かれ悪しかれ僕らの関係は変わっていたのさ」 「くく、キミが僕の外観をそれなりに褒めていてくれた事をすっかり失念していたのは、あの時の僕のミスだったがね」 『お前、その理屈っぽいところ直せばさぞモテるだろうにな』 何故かその日の俺の言葉がフラッシュバックする。 「翻って今はどうだい? キミは緊迫感が起こりうる非日常の中に居る。思考停止してしまえば、今の関係が容易に壊れかねない状況にね」 「どちらも一緒なのだと言いたいのか?」 「さて、どうだろうね」 「僕が思うに、キミは他人の急な変化や、関係の変化を、無意識に押し留めてくれる奴なのさ。 それが当人の望むところであろうとなかろうとだ。けどそれはキミなりの優しさなのだろうと思うよ。 だってその為にキミ自身が『役得』を失うケースでも、キミ自身が傷付くケースでも、キミはそれを恐れないからね」 ヒリヒリと背中が痛む。いや、ホントに痛いのは別のものかもしれない。 「昨年、涼宮さんと二人で世界改変を迎えようとした時だって、そうだったんだろう?」 世界を塗り替え、「二人で新しい世界を迎えようとしたハルヒ」を俺は拒絶し、その上で「今のハルヒ」をキスの形で肯定した。 もしあの世界を受け入れていたら、俺とハルヒはどんな関係になっていたのだろう。 俺はただ、あいつに今あいつを取り巻く環境を知ってほしかったのだ。 今お前が居る世界は捨てたものじゃない、今お前を取り巻いている環境は捨てたものじゃないのだと……。 ああ、そうかもしれんな。俺はいつも「今」は捨てたものじゃないのだと思っているのかもしれん。けどな佐々木よ。 「……そんなご大層なもんじゃねえ。俺はいつでも、あー、そうだ必死なだけだ」 ベッドの上で背中を向ける俺に、佐々木は滑らかな背中をすり寄せる。ミミズ腫れが出来た背中に心地良かった。 「なら尚更だ。本質かトラウマかどっちかなのかい?」 「尚更知るか。本質もトラウマも本人には解らん」 古泉じゃあるまいに勝手に人を分析すんな。 ただでさえ身体的に全裸なのに。 「ならば自ら考えたまえ。僕が思うには」 一旦言葉を切ると、佐々木は躊躇いがちに言う。 「うん。例の、急にブラジル蝶になって遠くに行ってしまったというキミの憧れの女性、それが原因ではないか、な」 「そんなもんとっくに俺の心の倉庫の肥やしだぞ」 きっぱり言ってやると、再び沈黙が落ちた。 本心だぞ。これは。 「ま、何にせよだ。気に病む事は無い」 「!?」 佐々木が俺の背中に抱きつき、布団で二人を包む。お互いに全裸のまま。 先端に特記事項を持つ柔らかいものが俺の背中に当たる。当たって当たって当たりまくる。 「遠因はキミだが、直接的な原因は僕だと言ったろ。だから気に病む事は無い。それに強姦罪は親告罪だ」 親告罪、つまり佐々木が俺を訴えなければ成立しない類なのだ。しかしだ。 「僕もキミへの距離感というものが解らなくなってきてたんだ。共犯だよ」 人の背中と言うか耳元でくつくつ笑うんじゃねえ。 「済まないね。なんなら訴えてくれて構わないよ」 手が後ろに回るのは俺だ。 「ふふ、こうしてキミの背中に爪を立ててしまったようだしね」 ミミズ腫れを舐めるな。なんかぞくぞくする。 「傷にはツバでもつけろというじゃないか」 「ええい屁理屈を」 「大体ね、キミも悪いんだよ。中学時代より肉体的数値は変化しているし、内的にも変化を加えたつもりだ。 これでも結構自信があったのだよ? あの春、喉元や膝丈などなかなか大胆な格好をしていたつもりなのだが覚えていてくれてないかい? それでもキミの視線は変わらなかったのだから、僕は僕なりにショックでもあったのだが」 人の肩に顎を乗せるな。あごを。 「オマケに見せ付けられたのはキミと涼宮さん、SOS団とやらの絆だ。僕が二週間足らずで諦めモードに入った事くらい想像してくれ。 ただでさえ一年のブランク、というか、キミを振り切る為にこそ一年も間をおいていたというのに 何なんだろうね僕は。いちいち矛盾していると思わないかい?」 腹を、いやこら、ああもうあちこち触るな! お前はお前でタガが外れすぎだ! 「ええいそんなん言われたって、言われなきゃ解らん! 俺は鈍重な感性なんだろ!」 「くっくっ、まさにその通りだ。あの事件は鈍感なキミには性急過ぎたよ。けど、それすら解らないくらい近視眼に陥りきっていたのさ」 なんだ、人生はクローズアップで見れば悲劇。 ロングショットで見れば喜劇、だっけか? 「そう、チャップリンの格言だね。特に若い内は誰であれ視野狭窄に陥り易いものさ」 「特にお前みたいに、秀才気取ってる奴なら尚更だな」 「くっくっ、その通りだ。上手い事言うね」 皮肉だぞ皮肉。 「だ、だからな、言ったろ、判じ物は間に合ってるってな」 ちゃんと解り易い様に話せ佐々木。俺は鈍感だから言ってくれなきゃ解らんし、頭の回転が早くもないから考える時間だって欲しいぞ。 「くくく、言葉のパズルはもう沢山だってね。キミの言葉はたまにド直球ストレートだ。好意に値するよ」 こ、行為の間違いじゃないのか佐々木。 「ふくく何の事かな」 ああそうだ。春の事件の終わりがけを思い出す。 判じ物、言葉のパズルは間に合っていると俺は言った。 そしたらあいつは言った。「これは告白じゃない」つまり「これは友達としての言葉」だと。 だから俺は言ってやったんだ。「あばよ親友!」と。そう「友達は友達でも、俺達は特別な友達なんだろ」ってな。 「ふふ、それがどれだけ嬉しかったか」 だから言わなきゃ解らん。 「そしてどれだけ寂しかったか。それこそ、言葉に出来ないような気持ちだったのさ」 「そうさ、キミはいつだって他人のあり様を尊重する。 涼宮さんが世界ごと変えようとした時も、長門さんが世界と自分とキミの仲間達を変えた時も、僕が僕をさらけ出した時も 僕が僕をさらけ出せなかった時も、いつもキミは『僕たちが僕たちである事』を何より尊重するのだね。 そして、キミ自身を取り巻く環境が『そのままに保たれる』ことを望んでいるように思える」 「かといってキミが器用な奴だとも思っていないよ。だから多分それは無意識、キミの行動規範なのだろう」 俺がそんな指針で物事を捉えてるってのか? そんな事は 「無意識の指針だと言ったろ」 ハルヒといいお前といい無意識を便利な言葉にしすぎだ。 「ふふ、キミの感性は鈍重と言うより、そうしたベクトルを重視するからこその有り様なのかもしれない」 「んな無茶な理屈があるか。それなら今『佐々木』のままでこうしてるお前は、って」 佐々木はなんというか俺のアレをコレしつつ耳を甘噛みしてくる。 「おやおや。今の僕は『キミの知っている佐々木』かい? 違うだろ?」 く、肉食獣が耳元で囁いている気がする。 「それでいて僕は僕。これも僕だよ」 「そんな哲学会話なんだからな、佐々木」 「おやおや僕はただキミの器官に手と指で刺激を与えているだけだよ? どの器官とは言わないが」 言ってるも同然だ! というか言わんでも俺には解るわ! 「僕の存在を感じて頂けているとは幸甚だなあ」 耳元で囁くな! 俺は佐々木、いや他人との一度出来上がった関係を壊すのが嫌なのだろう、と佐々木は指摘する。 昔大好きだった人が「急激に変化して」去っていったという過去が、そうさせさせているのではないのかと。 その態度が「鈍感」と周囲に見え、それに甘え、或いは苛立った佐々木は色々と「少女らしからぬ言葉」を投げてきたのだと。 その関係が中学時代から続いてきたから、あいつの行動にも他意はなかったのだと。 しかし中学時代と違っていたのは、俺もようやく人並みに思春期を迎え始めていたという事。 その俺に、中学時代よりも更に加速した言動と行動、更に佐々木自身の肉体的な成長、久しぶりという機会ゆえに着飾った格好。 せめて俺が「意識的に」変化を否定していたなら拒めただろう、だが所詮は無意識の行動に過ぎない。 だから誰にも「限界」が解らなかったのだ。 それらの複合的要因が、なんというかアレしてコレしたのだ、と………。 これも一種のすれ違いという奴なのだろうか。 「くっくっ、まあ肉体的には最接近しているけれどね」 「上手いこと言ったつもりか!」 「くっくっく」 「まあキミが鈍感な事も否定はしないよ」 さっきと同じ声が、今度は朗らかに響いていく。 「鈍感だの、人間関係がどうたらだの、そういった要素が複合して「キミ」が成り立つ。何事も単純ではないのさ。けどね」 語りながらも俺を両腕でとらえ、子供がぬいぐるみでも抱くかのようにゆっくりと俺の背中に頬を寄せ続けた。 そうだ。こうして佐々木の小ささを感じるたびに、俺はこいつが女である事を意識する。 こいつの言葉はいつだって強くて正しい。だから俺は毎度言い負かされてきたし、だからこそ「弱さ」を感じられなかった。 けれどこいつに触れる度に、その小ささ、脆さ、弱さを再確認させられる。 佐々木が女であると再認識させられるのだ。 思えば中学時代、俺達は殆ど触れ合ってこなかった。 だからこそ、俺はいつだって佐々木を心のイメージで捉えて、その肉体的なイメージで認識できなかったのかもしれない。 だからこそ、触れ合うようになってから、俺のイメージが急速に変わったのかもしれない。 そうとも、佐々木は佐々木であり、そして「女」なのである、と。 「キミがそんなだから、そうだと知ってるから、僕は距離感が解らなくなるのさ。その行く末がこれなのだと理解して欲しいね」 「他人のせいにすんじゃねえ。お前こそなんつうかアレなんじゃないのか」 「くく、明確に言葉にしたまえ。言葉に出来るならするべきだよ」 するりと背中から抜け出し、俺の前にしゃがみこむ。 生まれたままの綺麗な姿。 「いつかも言ったが、意思を他者に伝えるのは人間普遍の能力だよキョン。だから存分に語り合おうじゃないか」 生まれたままの姿のまましゃがみこんだ佐々木が、やんわりと俺の頭を両腕で捉えたところで 「ああ、そうしようぜ」 俺は半ば押し倒すようにして唇を奪った。 そうとも語り合おうぜ。 肉体言語でな。 「ん」 長い長いキス。 というより、長くならざるを得ないのだ。俺達にはそんな知識などロクにない、あるのは互いを求める欲求だけなのだから。 互いに両腕で強く抱き寄せあい、不器用に、精一杯に舌を動かし、ただ一心に互いの口内を味わい続けた。 交換しようとして漏れた唾液が口元を塗らしてゆく。 「伝わったか?」 「ん、肉体言語か。なかなか荒っぽい表現をするじゃないか」 「ならお前ならどんな表現をするんだ?」 いつもの偽悪的な笑みが返ってくる。 「残念だが僕にも言葉には出来ないものがあってね。ここは行為で示すことにするよ」 そう言って佐々木は裸の両腕を広げ、小首を傾げるようにして微笑む。 後はもう言葉にするまでもないことだった。 俺は男で、こいつは女なのだから。 「くく、実に不思議じゃないか」 「何がだ、佐々木」 再び無心に唇をむさぼりあった後、俺は段々と下へと下っていく。 やがて俺の唇が徐々に這って喉元に達した頃、佐々木は堪えるように語り始めた。 「僕らは精神的には親友であり、誰よりも対等な関係のはずだ。なのにこうして望んで組み敷き、敷かれている」 一心不乱に舌を使う俺の頭を強くかき抱きながら、それでも語り続ける。 淫靡な光景のはずなのに、まるでいつもの延長のようだった。 「実に不思議だよ。今、僕の肉体はキミに征服される事を望んでいる」 「佐々木、肉体だけなのか?」 舌を動かす度に小刻みな反応が返り 「いや違うね、精神もだ。ん、これが本能なのかなキョン」 ほの紅い白い肌、緩んでは締めを繰り返す細い両腕、たまに漏らす、不規則な吐息が劣情を煽る。 俺の舌を押し返すような弾力と滑らかな感触がどうしようもなく征服欲を刺激した。 「わ、いや、僕は知識欲には貪欲なんだ、だから、教えておくれ」 「本能なんて解らねえよ、思考は理性なんだろ」 「そうだね、ああ、そうだそうなんだ」 一際高まった声が耳をくすぐる。 「キョン、キョン」 「これは本能、だから、キョン、もう」 解れ濡れた場所を擦り寄せてくる。ああもう十分だ。十分だろ。 蕩けた言葉の前に昂ぶりは限界に達し、俺はまた佐々木自身へともぐりこんでいった。 俺の家族の不在もあり、まさに「猿の様に」と言われるその通りに続いた。 俺が溜め込んでいたもの、佐々木が溜め込んでいたもの、それを行為に変えて吐き出し求め合う。 やがて俺に爪を立てて痛みを堪えていた声がゆっくりゆっくりと変わっていき 内側のうねりがより俺を包み込むよう変わっていったのは覚えている。 その変化に俺はますます興奮を掻き立てられた。 素直な反応を返す肉体も、恥じて自分を保とうとする強がりも、腕の中の華奢な全てが愛おしかった。 いつも強くあろうとするこいつが、こうして寄りかかってくれるのが嬉しくてたまらなかった。 俺に隙を見せてくれるこいつが可愛くてたまらなかった。 悪いか、俺だって男なんだ。 次に自分を取り戻した時、俺はベッドに突っ伏していて 視界に入ったのは、裸身のあちこちに情事の痕を漂わせてこちらを見つめる佐々木の微笑み。やがて笑みはいつもの偽悪的なそれに変わり――― 振り出しに戻すかのように言い直した。 「で、キョン。どう責任をとってくれるのかな?」 「それはその、アレだな」 「ああ、言っておくが彼氏彼女の関係なら却下させていただく」 俺の機先を制するように佐々木は言う。 「それともキミは『一度抱いたのだから俺のものだ』とか前時代的な台詞を言うつもりかい? 感心しないね」 再び全身を布団で覆い、睨むように見つめてくる。 「今回はいわば成り行き、あー、その余禄ともいえる行為だったと言えるだろう。これっきりにしよう」 「佐々木、お前は俺の事をなんだと思ってるんだ」 「僕の鈍感な親友かな」 とぼけるように言ってから、ニヤリと舌なめずりをする。 思春期の乙女、という魔性そのものの笑みで。 「それとも何かい? 僕にキミのセックスフレンドにでもなれというのかい?」 「せ」 佐々木、その台詞はあまりに。 「冗談だよ、まあ」 そっぽを向く。 「まあ以前『キミの望みであるなら、なんでも言う事を聞く』と約束した弱みはある。キミが強く望むなら否定しないよ」 「あんまり刺激的な事は言わんでくれ。俺にも限界があるのは解ったんだろ」 「くく、限界? そうだねキミの限界まで搾り取ったつもりではある」 おいこら親友。 「おや限界ではなかったかな?」 知るかよ……って限界を確かめる為に云々とかはナシだぞ親友。 「ほう、なかなか察しがいいじゃないか」 手を意味ありげに動かすな。 「くく、僕の一部でキミが昂揚していくのを感じるのは実に甘美だった」 「だからそういう事を言うんじゃねえ親友」 「ううん、自分の中で他人が動いているのだよ?」 知るか! どんな対応すればいいんだ。 「いいじゃないか、これでも僕は肉体的に文字通り裂けるような痛みを味わったのだ。代わりにキミの羞恥心くらい頂いたっていいだろ」 「ええい口が減らん。まったく」 言いかけた俺に 「ああ親友、もう「やれやれ」は無しだよ?」 「親友。人の機先を制すな」 「くっくっく」 笑い、佐々木は布団で巻き寿司状態のまま部屋を出て行く。 「シャワーを借りるよ」 「ああ」 「よく考えておくれよ?」 「ああ」 「今度はちゃんと時間をあげよう」 「ああ」 「僕を惚れさせたのだ。面倒な相手に引っかかったと思って後悔してくれると嬉しい」 「ああ、あ?」 「ああ、そうだね言い忘れていた」 佐々木は振り返ると、いつもの片頬を歪める笑みで笑う。 「僕はキミにステディな関係となる事で責任を取って欲しくはない、とは言った。 けどそれはキミが嫌いって訳じゃない。ただ単に『既成事実』とやらでキミを縛り付けるのはしたくない、それだけの事なのさ」 「キミが好きであるという事。それだけは紛れもない事実だよ、キョン」 俺が鈍感だと最大限に理解した一撃に、俺の理性が再び屈したのは言うまでもないだろう。 くつくつと笑う声がいつしか声にならなくなってゆく。それはまるで、俺たちの関係の変化そのものであるようだった。 ■その後の一幕 「くく、そうそう御礼をしなければならないね。返礼的な意味で」 「おい親友よ何故にじりよる。何よりなんで俺をうつぶせに固定する?」 「決まっているじゃないか。僕に女の喜びを教えてくれたお礼だ。キミにも男の喜びを教えてあげようというのさ、もちろん責め的な意味で」 「いや俺は十分、やめろその指の不穏な動きはなんだ、やめろそれは汚い、汚いぞ佐々木」 ゆっくりと俺の下半身に指を伸ばしてくる。 「ふくく道具は今後購入を検討するとして、今日は舌と指でしてあげよう。しかし僕も書物上の知識しかないから暴れないでくれよ?」 その後、佐々木の稚拙ながらもそれでいてねっとりとした責めが俺の下半身のどこを襲ったのかは語りたくない。 ただ「男にも穴はあるのだからね?」と艶やかに微笑んだ顔だけは二度と忘れられそうに無いな。 頼むから癖になってくれるなよ。 ただ、その時に俺も妙に高ぶってしまってだな……なんというかその男女共通器官に対し、俺も男性特有器官による反撃を試みてしまった。 それだけならまあまた一つ大人の階段をステップアップしてしまったというだけで済んだのかもしれんが 女の佐々木が指でやるのと違って、男の俺の器官は、その、放出能力があるのだ。解るだろ? 結果、佐々木が腹を壊してしまい病院で要らん恥をかいた上にお説教されてしまった。 ちゃんと前もって準備はしておけとな。知らんわ。 いや知ったけどさ。 後日、佐々木に何故そんなことに興味を持ったのかと聞いたところ「キミの身体には全部触れておきたいのさ」とにこやかに返してきたが その方向性の間違いだけはどうにか指摘しておきたいところだ。誰か知恵を貸してくれると助かるが 考えてみればこんなこと誰にも相談できそうもないわな。 ああそうだ今度ばかりは封印を解くぞ。 解いてもいいはずだ。 「やれやれ」